各論07 減薬:Step 1-2

ものすごく単純化して申し上げれば、最初の減量後、その次の受診時までに小袋を一度も使わなかった患者さんはA群に属している可能性があり、小袋を何度か使った患者さんはB群に属している可能性があります。

「A群に属している」、「B群に属している」と断じずに、「可能性がある」というスペーサーを挟むのは、まだ減量の初期段階に過ぎないからです。A群だと思っていたのに減薬が進んでみると離脱症状が現われてB群あるいはC群に属していると見做されるようになる、B群だと思っていたのにC群に属していると見做されるようになる――評価をダウングレードしなければならなくなる可能性はまだ否定できません(断薬が成功するまでその可能性は、小さくはなっていきますが0にはなりません)。それを念頭にこの段階ではまだ慎重に減薬を進めた方が無難です。

ものすごく単純化して申し上げれば、最初の減量後、その次の受診時までに小袋を一度も使わなかった患者さんに関してはデパスをさらに0.1mg/日減らし、小袋を何度か使った患者さんに関しては離脱症状が出現しなくなって小袋を使用することが無くなるまでデパスを同量で継続します(必要量の小袋を随時追加で処方して下さい)。

いちいち「ものすごく単純化して申し上げれば」という枕詞を付けるのは、デパスの依存や減量がそれほど単純なものではないからです。

個々の患者さんの精神的依存と心情的側面を念頭に置いておく必要があります。

まず精神的依存についてですが、厚生労働省のウェブサイトでは身体的依存と併せて「欲しいという欲求が我慢できなくなる精神的依存、クスリがなくなると不快な離脱症状が出る身体的依存」という簡潔な定義が示されています。違法薬物やアルコールとは異なりデパスの場合「欲しいという欲求」の理由は酩酊や快楽では通常ありませんが、この定義は適用されます。

前章で説明した「動機付け 」を経てデパスの減量を始めた患者さんでもやはり、長年服用してきたデパスに対する精神的依存は皆無ではありません。デパスが減ること自体も、デパスで抑えていた症状がぶり返すことも、多かれ少なかれ不安でしょう。精神的依存の度合いが強い患者さんが減薬に伴って抱くそうした不安は、減量による反跳性不安や離脱症状としての不安としばしば判別が困難です。

また、インフォームド・コンセントを得るために先生が示したデパスの長期的な副作用や離脱症状も、患者さんを不安にします。本来は投薬前になされているべきだった説明――「デパスは長期的に服用を続けると不都合が生じることがある」を、デパスを長期間処方され続けた後に説明されるわけですから、理解し、納得してくれたように見えても、心穏やかではいられない方も少なくありません。多くの患者さんはそれでも先生の指示に従って減薬を行ってくれますが、中にはこの不安がデパスの減量の障害となるケースがあります。それは、両極端とも思える2つの表現型を取りえますが、根っこは同じです。

1つの現れ方は、ノセボ効果による離脱症状(もしくはその増強)です。

ノセボ効果とはプラセボ効果と対をなす用語で、偽薬(薬理活性がない物質)の投与でも有害事象が現れる現象のことです。

プラセボ効果と同様、丁寧な説明がノセボ効果を発現させる原動力になります。何の情報も与えられずに小麦粉が詰まったカプセルを服用してもプラセボ効果もノセボ効果も現れません。「こういう効果が期待できる薬物です」と説明されるから、偽薬であるにも関わらず「こういう効果」が現れる。「ああいう有害事象が懸念される薬物です」と説明されるから「ああいう有害事象」が現れる。

説明が具体的で懇切丁寧であるほど、プラセボ効果やノセボ効果は強く現れます。減断薬の動機付けのための説明は普段の通常診療下で新しく薬を処方したり中止したりする場合よりも詳細にならざるをえませんから、それだけノセボ効果を招来しやすいのだと言えるかもしれません(減薬に伴って短期的には患者さんに好ましい変化はあまり起こらないので、説明内容は好ましくない側面――離脱症状中心になってしまいます)。

偽薬(薬理活性がない物質)の投与ではなく、減薬という医学的介入(その患者さんにおいて薬理学的には離脱症状が起きるはずはない用量のデパス減)によるノセボ効果ということになります。

このため、一部の患者さんにおいてはノセボ効果によってデパスの減量とは直接的には因果関係が無い離脱症状が現れる可能性があります。その場合に「本当の離脱症状」との区別をつけることが事実上難しい。

そこまでいかなくとも、患者さんによっては「離脱症状かもしれない」わずかな精神・身体的変調に過敏になってしまいます。そうした患者さんは不安に駆られて医学的には不必要な小袋の使用をしてしまうかもしれない。それを「気持ちの問題だから」といった精神論で切って捨てて減薬を進めることはすべきではありません。患者さんが減薬に対いて本当の意味で心の準備を整えられるまで待つべきでしょう。

予想しておかなければならないもう1つの患者さんの反応の仕方は、デパスへの心理的な「忌避反応」です。副作用や離脱症状に関する説明で不安が高まり一部の患者さんを減薬に対して及び腰にしてしまうのと同じ力が、離脱症状の過少申告と小袋の使用拒否といった真逆の反応を引き起こすことがあります。

この拒絶反応をしばしば助長するのはインターネットです。

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