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2024年の抱負

1 仕事の最後をしっかりと締めくくること  60歳から始めた関東電気保安協会での高圧電気の保安管理の仕事を5月末で終了、協会を退職する予定です。現在は渋谷区2丁目17街区再開発事業計画での大型テナントビルの建築現場で電気主任技術者を務めている。 いよいよ1月には受電し、使用前自主検査も始まる。そして5月上旬には国の安全管理審査を受検、合格して当ビルの電気設備は使用が認められる。 この最後の仕事を確実にやりきること、これが当面の目標です。 2 健康維持に努めること  幸い、現

    • 買ってよかったもの

      ウオーキングシューズ私は今年の春頃から健康維持のため、ウオーキングを始めた。 自宅周辺の道を約1時間、距離にして4Km弱、ゆっくりとマイペースで 歩く。朝5時半に起床して朝日を浴びながら歩くのは気持ちが良い。 同じ頃ジョッキングをしたり、ウオーキングをする人達とすれ違う時には お早うございますと挨拶する。愛犬を連れて散歩する人も意外に多い。 さまざまな犬に会えてとても興味深い。11月中旬までは早朝ウオーキングを 続けていたが、だんだん寒くなってきたので、それ以降は日中の暖かい

      • 買ってよかったもの

        • 人生の転機 関東電気保安協会に入所してから今日まで

          自衛隊を定年退官 私は55歳で陸上自衛隊を定年退官した。退官後は自衛隊の援護で民間の 通信電気メーカーに顧問として就職させていただいた。60歳までの5年 契約だった。しばらくして60歳以降何をして過ごそうかと考えるようになった。幸い、心身共に健康だし何もしない訳にはいかない。振り返って見ると今まで自衛隊で自分なりに懸命に頑張って来た積りであるが、民間で通用する様な特技等は何も持っていない。60歳以降の人生を如何に過ごすべきか考えた。その結果、何か国家資格を取得しその資格を生か

        2024年の抱負

          私のプロフィール

          私の名前は山田 修と申します。静岡市出身で1938年生まれです。 1961年防衛大学校(5期生)を卒業、陸上自衛隊に入隊、幹部自衛官として 38年間勤務し1995年に定年退官、2000年9月一般財団法人 関東電気保安協会に入所、高圧電気設備の点検、保守に検査員として従事し現在に至って います。横浜市南区在住。

          私のプロフィール

          私達が遭遇した一寸変わった交通事故

          2023年6月下旬、私の家内が横浜市南区井土ヶ谷の交差点で信号待ちで停車していると、突然追突された。それほど強い衝撃では無かったが驚いた。相手は20代位の青年でスマホに夢中になっていて、ブレーキを踏むのが遅れたという。すぐに警察と保険会社に連絡をして、現場に急行してくれた警察官に現場検証をして貰った。後の処置は示談にして当事者同士で解決するようにとのことだった。相手は自分の非を全面的に認め、保険で修理することになった。 ところが数日後に相手の車両保険が失効していることが判明

          私達が遭遇した一寸変わった交通事故

          60年安保騒動の思い出

          昭和35年の春から夏、防大3年生であった私は、いわゆる60年安保騒動の日本のざわめきを未だに忘れることはない。もう60余年前の出来事であるが極めて鮮烈な記憶として残っている。 当時の岸信介首相が企図した日米安保条約の改訂は国内世論を二分する政治的対立を引き起こし、社会党、共産党等の左翼陣営が指導する安保改訂反対の請願行動は全学連を始めとする学生、進歩的文化人、それに同調する国民大衆をも巻き込んで、連日連夜国会を取り巻く激しいデモ行動となり国会に 突入しようとするデモ隊とこれ

          60年安保騒動の思い出

          私の帯広 9年間過ごした第二の故郷  

          陸上自衛隊時代に併せて9年間勤務した愛着のある懐かしい土地である。 帯広は十勝地方の中心都市で人口は約16万人(令和4年8月末)、十勝の 農産物の集積地、交通の要衝、経済・政治の中心地である。 初めての勤務は昭和37年から7年間、2回目は昭和57年から2年間である。最初の勤務は第5通信大隊で小隊長、大隊本部訓練幹部、師団司令部 通信課課員だった。2回目は第5師団司令部4部長だった。 最初の勤務の時は独身で通信学校の幹部初級課程を卒業して、昭和37年12月に赴任した。帯広は晴天

          私の帯広 9年間過ごした第二の故郷  

          私の故郷、静岡市、高校時代までを過ごした懐かしい町

          私の生家は静岡市春日町20番地。県立工業高校と清水公園の間にはさまれたこじんまりとした町が春日町である。付近には小川が流れ水田もあった。 学校は静大付属小学校、静大付属中学校、県立静岡高校に通った。 小、中学校の頃は清水公園から続きの谷津山(やつやま)でよく遊んだ。 谷津山は標高100m位の小山だが茶畑や樹木が生い茂り遊ぶ場所には 事欠かなかった。学校から帰ると鞄を放り投げ、日が暮れるまで近所の 友達と谷津山や清水公園で遊んだ。春は小川や池での魚採りやザリガニ採り 、夏は蝉取

          私の故郷、静岡市、高校時代までを過ごした懐かしい町

          「桜華」(防衛大学校女子卒業生9人の生き様)を読んで

           「桜華」 武田 頼政著  文藝春秋社 防衛大学校女子卒業生9人の生き様を描いた秀作である。 9人はそれぞれ陸、海、空自衛隊の幹部自衛官として国防の最前線で勤務している。その彼女たちのキャリア、出世、結婚、出産、育児等の物語である。9人の中で私は3等陸佐 野呂瀬 葉子の生き様に感銘を受けた。 彼女は陸上自衛隊入隊後、部外理工系大学院研修生として筑波大学に合格、 2010年から5年間システム情報工学研究科の博士課程で研究に従事し、 5本の論文と22件の学会発表をこなし、博士号と

          「桜華」(防衛大学校女子卒業生9人の生き様)を読んで

          ノンフィクション「桜華」を読んで

          武田 頼政 著(文芸春秋社) 防衛大学校女子卒業生9人の生き様を描いた秀作である。 陸、海、空自衛隊で幹部自衛官として国防の第一線で勤務 している彼女たちのキャリア、出世、結婚、出産、育児等 をなまなましく描いている。9人の中で私が最も感銘を受けた のは野呂瀬 葉子3等陸佐である。彼女は陸上自衛隊に入隊後 部外理工系大学院研修生として筑波大学のシステム情報工学科 を受験、合格し研究員となった。2010年から5年間で論文5本 学会発表22件をこなし、見事に博士号とMBAビジネス

          ノンフィクション「桜華」を読んで