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桜が緑に変わるまで

僕にとって春の訪れは、その他の季節の移ろいと違って上手にシフト出来ないことが多い。僕は春が嫌いだった。

僕は卒業や入学で変化する生活に対応しきれなかったために、世間が桜の存在を忘れるまでの間は1人で過ごすことが多かった。新たな環境に対する不安と過去の別れがない交ぜになって、今目の前にある現実を見据えることが出来なかった。
とりわけ僕をナーバスにさせたのは、言えない別れの言葉だった。さようなら、今までありがとう、と言えた別れは幸せだと思う。さようならの言えない別れは存外多いのである。
幼馴染が夏休みの間に引越して居なくなった。昨日会って話をした爺ちゃんが次の日突然死んだ。付き合っていた彼女からの連絡がついに途絶えた。高校を卒業してもまた会うだろうな、と思っていた友達から突然結婚報告のハガキが届いた—。挙げてみればキリがないようにも思える。

別れの言葉も様々だ。
さようならはどこか哀しい雰囲気を孕んでいるし、またねはなぜか前向きに思わせる力を持っている。

生きていく中で沢山の出逢いと別れがあるけれど、僕はさようならと言ってくれる人を大切にしたい。またねと言ってくれる人をもっと大切にしたい。なぜなら何も言わないで去っていった人たちを、大切にしたかったから。

僕は今、桜の開花を心待ちにしている。
今年も桜が緑に変わるまで、今まで出逢った人たちに想いを馳せるだろう。

#エッセイ #コラム #ひとりごと