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その1 此のよは幾重にも重なって

深夜0時が迫る頃、僕は駅前でアヤと待ち合わせていた。東京とさして変わりのない、しかし何処かどんよりした福岡の見慣れない街を見上げながら歩き、降りる人も疎らな駅の出口でアヤを待った。

福岡で過ごしたこの1日は惨憺たるものだった。20年ぶりに再会した親戚の結婚式は感情を移入する隙間さえなく、まるで地球の裏側で貧困に苦しんでいる子供たちを、自宅のテレビでぼんやりと眺めている様であった。
ホテルに戻ると、何に対してなのかも分からない喪失感が僕を襲ってきた。たまらずシャワーを浴び気持ちを誤魔化そうとした。それでもやり切れぬままスマートフォンを手に取り、意味もなくアプリを開いたり閉じたりしていた。そんなことをしていると、僕は1つのメッセージに気付いた。
「福岡ご飯、楽しめてますか?」

アヤとは昨日知り合ったばっかりだった。それはSNSを通じて美味しいお店を紹介してもらうだけの仲だったが、それでも彼女のもてなしの気持ちが伝わってきた。
僕は今日という日を楽しめていない事、せっかく教えてもらったお店に行けなかった事を伝えた上で、不躾ながらもこう送ったのだ。
「どこかに連れてってくれませんか?」

夜が明けてしまう程に長い12分後、メッセージは僕の手元に届いた。そして僕は待ち合わせに指定された場所を目指しホテルを後にした。

続く

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