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僕の作ったデジタルデータは22世紀の空気を吸えるのか

 祖父母の家に行けば、自分とよく似た人達が写った100年前の写真が見つかるかもしれない。では、100年後、子孫たちは自分が撮った写真を見つけてくれるだろうか?――デジタルデータの寿命を考えてみたい。

葬送の文化があるのは人類だけではない

 葬送する生物は人間だけ。とは、葬儀の文化を伝える文脈でよく使われる言い回しだ。しかし、ゾウは群れの仲間が死ぬと周囲に集まって花を手向けることがあるし、ボノボも家族の死を悼む様子が観測されている。少し事情が異なるが、幼少の頃に研究者から手話を教え込まれたゴリラのココは、死後の世界について「苦労のない、穴に、さようなら」と独自の見解を述べていて、ペットの仔猫が交通事故で死んでしまったときはしばらくふさぎ込んで食事を取らなかったそうだ。

 そんなわけで、死者を悼む感情や行為は決して人間固有のものではない。けれど、人類の葬送の歴史も相当古い。最古の埋葬の記録はおよそ7万年前。現人類の亜種であるネアンデルタール人の遺骨とともに、花粉や牛の骨が発見されたものだと言われている。狩猟民族だった彼らは、仲間とのチームワークで大きな獲物を狙っていた。どんな死生観を持っていたのか具体的には知り得ないが、せめてもの手向けとして死んだ仲間に花やご馳走を贈ったのは確かなようだ。その想いがいまに伝わるのは奇跡といっていいだろう。

 翻って、現在に生きる我々が後世に何かを残したいと思ったら、どうすればいいだろう。特にデジタルデータを死後何年も残すならどんな形にするのが合理的か。ちょっと寄り道気味な導入になったが、今回はそこのところを考えてみたい。

100年先まで残すなら無機性の光学メディアか

 個人がデジタルデータをローカルで残すなら、HDDやSSDが第一選択になるかもしれない。これらのメーカー保証期間をみると長くて5~10年。あくまでメーカー保証なので、その後も状態が良ければ数倍持つことも十分考えられるが、それでも期待していいのはせいぜい数10年スパンだろう。

 それよりも確実性が高いのはBlu-ray DiscやDVDなどの光学メディアに残すことだ。経年劣化しにくい無機性ディスクなら一世紀近くデータを保つことも不可能ではない。とりわけ米国Millenniata社が開発した「M-DISC」のような長期保存をうたうディスクなら100年以上の保持も視野に入れられるという。

 ただし、光学メディア自体の需要が減衰していることを考えると100年先には再生環境が簡単には手に入らない可能性もある。再生コストを考えると若干の不安が残るのも確かだ。同じく長期保存向きの磁気テープもこの不安が残る。

100年の計の企業がクラウドリスクを知らしめた

 では、クラウドサービスに頼るのはどうだろう。

 日進月歩が当たり前の業界なので数年後すら同じサービスが提供されている保障がないが、なかには100年先までのビジョンを持って展開しているEvernoteのような企業もある。ただ、そのEvernoteも盤石といえないと分かる出来事が2016年12月に起こった。

 同社は機械学習の研究を目的に、社員が全ユーザーのノートの中身を閲覧できるようプライバシーポリシーを変更すると発表。同意できないユーザーに退会を推奨する強気な態度も相まって、たちまち世界中から猛反発を浴びることになった。これを受けて同社はすぐさまポリシー変更の見直しを表明し、自らの意志で許可したユーザーのノートのみを閲覧可能にする規約にすると約束。ようやく事態は沈静化したが、この出来事は、運営元の都合でルールが如何様にも変えられるクラウドサービスのリスクをユーザーに知らしめることになった。

 クラウドという「家の外」に置くと、100年後もデータは残っているかもしれないけれど、保存したときとはまったく別の形になっている可能性も否定できない。うーん・・・。

 結局のところ、死後のデータ保管計画を立てるのは、やはりなかなか難しい。なにしろ先のことは分からない。1年先のことだって正確には分からない。100年先に向けて何かしようというのもおこがましい話なのかもしれない。ただ、2100年や2200年のことを考えて備えるのはロマンがある。と思う。

 新聞スクラップを漁っていたら、中央大学の竹内健教授らが1000年先まで保存できる半導体メモリの新方式を発表したと2014年6月の記事にあった。これが実用化されれば、西暦3000年頃のオーディエンスに向けて語りかけることもできるかもしれない。ネアンデルタール人級の時間軸は無理でも、『源氏物語』や『方丈記』クラスならいけそうだ。紫式部や鴨長明は21世紀の日本を夢想したことはあったのだろうか?

※初出:『デジモノステーション 2017年4月号』掲載コラム(インターネット死生観 Vol.11)

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