見出し画像

トリノスサーカス⑪『悪魔のドララ』

小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想し小説を書く。
それが『絵de小説』


月1更新。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。
https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/

https://twitter.com/nakagawatakao

○舞台設定○


場所は白百合町。
いろんな動物たちがニンゲンのように暮らす平和な町。
そんな町の中央広場にあるのが、みんなに人気のトリノスサーカス。
トリノスサーカスを舞台に、いろんな動物たちのいろんな物語。


前回まで


前回までのあらすじ


町を破壊した犯人であるヒゲ面と対峙したドララ。
捕まえようとするドララ。
逃げようとするヒゲ面。
そんな2人はなぜか鐘の音を聞くと、動けなくなってしまう。
そこに町のみんながやってくる。
そして、2人の頭にツノがあるのを発見してしまう。
そう、ドララは悪魔だったのです。



登場キャラクター
ジョーンズ……ブタ。トリノスサーカス団長。
ヘンリー ……ブタ。ジョーンズの父親。先代団長。故人。
グリン  ……タヌキ。トリノスサーカス団員。
ヒゲ面。 ……悪魔。
ドララ  ……悪魔。白ヒゲ。シャバアの兄。
 
 
 

⑪『悪魔のドララ』


 


 鉄格子が閉じられました。

「こいつはそのままかい?」
 ヒゲ面は両腕につけられた手錠をかかげて聞きます。

「当たり前だ。外したら何されるかわからんからな」
 答えたのはサイの警察署長でした。

 彼の後ろには部下の警察官、それにトリノスサーカス団長、ブタのジョーンズ、町のみんながぞろりとそろってながめています。

「とりあえずここでおとなしくしていろ。町をめちゃくちゃにしやがって」
 署長は口先をとがらせて言いました。

 町のみんなも口々に怒鳴ります。
 ジョーンズは、何かを言おうとして言葉を飲み、ベッドに座っているドララを見ます。
 ドララは視線を合わせてきて、小さくうなづきました。

「楽しみにしてるぜ」
「なに?」

「町の一番高い木に首を吊してくれるんだろ?」

 それを聞いて町のみんなは口々に悲鳴を上げました。

「お、恐ろしいヤツ、だな……」
 署長はつっかえつっかえ言います。

「なんで引いてんだよ」
 牢屋に2人を残し、みんなして出て行きました。

「ふぃ」
 ヒゲ面は向かいのベッドに、ドララと向かいあうように腰をおろしました。

「さて、アニさん、どうする?」
「どうする、とは?」
「こいつだよ」
 ヒゲ面は両手をかかげて手錠を見せつけます。

 それはただの手錠ではありません、銀でできた手錠で、悪魔の力を押さえ込むのです。

「間抜けな割に、こんな知恵はあるんだな」
 ドララは軽く笑いました。
 その知恵をさずけたのはドララだったのです。

「逃げたいのならひとりでがんばんなさい。今度こそ縛り首かもしれませんよ、ふふふ」

「言うね、それでこそアニさんだよ、ヒャハハ」
 2人しておたがいをさげすむように笑いあいました。

「ハハハハハハハ……ふぅ」

 笑いつかれたのか、ヒゲ面はため息ひとつつくと、ベッドにゴロっと寝転がりました。

「……シャバア」 
「なんだ?」

 ヒゲ面――シャバアは視線を向けずに答えます。

「どうして私がこの町にいるとわかったのですか?」
「……新聞さ」
「新聞?」
「アニさんところの隊長が本を出したんだろ?」

 それでドララはピンときました。
 ジョーンズが本を出版したとき、トリノスサーカス団ということで団員全員と撮った写真が新聞にのったのです。

「それでわざわざ」
「へっ、探してたんでね」
「……」
「外に出てきてひとりでやったけどよぉ、あんなのいたずらと変わらんだろ」

 シャバアは渋い顔で続けます。
「やっと見つけて来てみりゃ、やけに平和じゃないか、あんたがいるとは思えなかったぜ」

 シャバアが半身を起こします。
「長い仕込みでもやってんのかと思って、ちょいと探りを入れてみりゃぁよ、仕込みどころかあんたはすっかり変わっちまったようじゃないか」

 ドララは肩を落とします。

「だから思い出させてやろうとしただけだよ」
 ドララは気の重い感じのため息をつきます。

「あなたが捕まったとき、私は助けようとも思わなかった」
「逆の立場ならオレっちも助けなかったさ。それが俺たち悪魔の性分ってヤツだろ?」

 シャバアはニヤリと笑います。
 ドララも笑い返しました。

「私はむかしとは違うんですよ」
「それは聞いたよ」
「いえ、この町で変わったんですよ」
「そうかい」
 シャバアはつまらなそうに吐き捨てます。

「まあそう言わず聞きなさい。私がひとりになって、すぐのことです――

 ドララは静かに話し始めました。
 
 

 
 
 その頃のドララは、今と変わらない姿でした。
 違うのは中身――心が悪意に満ちていたということだけです。

 ツノを隠すためのハットをかぶり、ダブルのコートには翼を隠すために着ていて、黒いズボンには先のとがったシッポを隠していました。
まん丸メガネに長い長い白ヒゲをたくわえ、4角い黒いカバンも持っていました。

 出会う者、出会う者に、はじめは安らぎを与え、守れない約束事をさせ、それを壊す。

 泣いて叫んでくれればゆかいゆかい。

 ゆかいを喰べて生きていく、それが悪魔という生き物だったのです。

 ヘマをして捕まった弟すらもゆかいゆかいとバカにして、せせら笑っていたほどです。

 今日は誰をハメてやろう――そう思いながら獲物を探していたところ、その日はすぐに見つかりました。

 それはたぬきでした。

 家の前で、頭に木の葉を乗せては宙返りをしていました。
 宙返りするたびに、自転車、ツボ、木などに変化しています。

 しかし、どうやら上手くはないようで、なんど変化しても、手足やシッポ耳などが残ってしまっていて、完璧とは言えませんでした。

「おっほっほほ、変化の練習ですか?」
 やわらかい笑顔で話しかけました。
 笑顔で近づくとだいたい上手く行きます。

 彼の名前はグリンで、どうやらこの町にあるサーカスに入団したばかりだったようでした。

「でも、まだちゃんとした団員じゃないんだ。練習生? って言えばいいのかな」

 グリンは曲芸の練習生で、今はロープ渡りの練習をさせられていたそうです。

 高い所に張ったロープの上を、カサや長い棒を持ってわたったりするのです。なれた者になると、とちゅうで宙返りしたり、1輪車や自転車でわたったりします。

 グリンはまだまだロープの上をなんとかわたれるていどで、バランスを取り取りながらゆっくりなので、芸とは呼べるレベルではありませんでした。

 そこで思いついたのが変化です。
 たぬきやキツネなどは変化、つまり何かに化けることができるのです。
 化けることができれば、サーカスでは芸になるだろう。
 そう思ったのです。

「でも、ボクは変化が苦手なんだ」
 たぬきだったら誰でも変化ができる、というわけではないようです。

「おっほっほほ、でももうちょっとじゃないですか」
「そんなことないよ」
「おやおや、どうしてです? あと手足と耳、それにシッポを隠すだけじゃないですか?」
「ここまでなら誰だってできるんだよ」
 グリンはしょぼくれています。

「子供の頃にちゃんと練習しなかったせいなんだ」
「おやおや、それはそれは」
「ボク今年で20歳なんだ。この歳で変化ができないなんて、ちょっとなさけないよ」
 肩を落とし、その肩がそのまま地面にこぼれ落ちるんじゃないか、っと思えるほどでした。

「おっほっほほ、では私が手助けしましょう」
 そう言ってドララはカバンから小さな小瓶を取り出し、グリンに差し出します。

「なんだい? これ?」
「変化のクスリですよ」
「変化のクスリィ?」
 グリンは小瓶をマジマジとながめます。

 中には白い錠剤が入っています。

「おっほっほほ、だまされたと思って、ひとつ飲んで変化してみなさい」
 ドララは今日1番の笑顔でそう言うと、グリンは恐る恐るクスリをひとつ飲み、変化をしてみました。

 ドロン!! 

 っと木の葉を頭の上にのせて宙返りすると、今度は見事にイスに化けました。

 足もシッポも耳も生えていません。
 誰が見てもただのイスです。

「うわぁ、こいつはすげぇや!」
 ドロン! っと元に戻ったグリンが言います。

「おっとっと」
 ドララはすばやく手を出し、木の葉を乗せたグリンを止めます。

「おっほっほほ、話は最後までお聞きなさい」
「なんだい?」

「それは確かにそのクスリを飲めば完璧に変化することができます。ただ――」
「ただ?」

「変化できるのは1日1回までです」

「なんだって!?」

「2回目に変化すれば、その時も完璧に変化することはできるでしょう」
「だったらいいじゃないか」

「でも、元の姿に戻れませんよ」

「え!?」
 グリンは驚きの顔で小瓶をながめます。

「その代わり、どんな姿にも変化できますよ」
「どんなって?」

「おっほっほほ、ブタさんだろうがライオンさんだろうが化けようと思えばなんにでもです」

 グリンは言葉を失いました。
 そもそも、たぬきもキツネも他の動物には変化できないモノなのです。

「1日1回まで、2回は変化しない。私との約束ですよ」
「う……ん」

「おっほっほほ、気をつけてお使いなさい」

 その日から、ドララはグリンをこっそり観察しはじめました。
 虫ほどに小さく体を変化させ、グリンが2回目の変化をしたその瞬間にゆかいを味わいたいがためにつきまとったのです。

 それはほんの数日したときにやってきました。

「おお、できるようになったのか」
 グリンはそのころ団長であった、先代団長であるブタのヘンリーに、イスに化けてみせたのです。

「よし、じゃあ別のに化けてみぃ」
「えっ?」
「えっ、じゃないだろ」
 言われてグリンはおろおろしだします。

「どうした?」 
 迷い迷いしています。
 そんなグリンを見ていて、ドララはわくわくします。

「…………すいません」
「あ?」
「これ、1日1回しかできないんです」
「おいおい、それでお客さん楽しませれるか?」
「……」

「アレに化けたり、コレに化けたりするから面白いんだろ? せめて連続10回はできなきゃ、見世物にならんぞ」
「……はい」

「アホ! 精進せぇ!」
 怒鳴られ、グリンは返事もできませんでした。

 2回目の変化はしなかったものの、しょげているグリンを見て、ドララはゆかいゆかいでした。

 そしてグリンはとぼとぼ家に帰っているときでした。とつぜん悲鳴が聞こえてきたのです。

 火事でした。

「助けて~~~!!!」
 ウサギのおばさんが泣き叫んでいます。

 大きな2階建てのお家は炎にまとわりつかれ、炎は空に届かんばかりの勢いです。窓からも炎がゴウゴウ出ています。

 まだ、消防車は来ていないようです。

「子供がぁ!! 子供が中に!!」
 中に入ろうとするウサギのおばさんを周りが止めます。

「!?」

 その時でした炎の中になにかが飛び込んで行ったのです。
 目にもとまらぬ速さでした。

 誰もがなにが起きたのかわからず、ただ何かわからないモノが燃えさかる家に飛び込んで行ったのを、あぜんとながめました。

 ようやく消防車が来たとき、屋根をぶち破って何かが飛び上がりました。

「うあぁ!!」

 その何かは地面に着地すると、周りのみんなは悲鳴を上げました。

 それは、トラの足、サルの顔、体はウシで、シッポはヘビで、翼がありました。

 ヌエです。

 ただ、ヌエは全身焼かれてボロボロでした。
 翼についた火はメラメラ燃えています。

 ヌエはヨロヨロとウサギのおばさんに近づいて行きます。
 おばさんは後ずさりする、足を止めました。

 なぜならヌエは両腕に、ウサギの子供を3匹かかえていたからです。

 ヌエはおばさんに子供たちをわたすと、その場にバタリと倒れてしまいました。

 誰もなぜヌエがとつぜん現れ、子供たちを助けてくれたのかわからず、ちかよろうともしませんでした。

「……グリンくん…………」
 ドララは虫ほどの小さい体から元の大きさに戻り、グリンに呼びかけました。

 そう、ヌエはグリンだったのです。

「ドララさん……」
「……」
「ごめんよ……」
「え?」
「約束やぶっちゃった……」

 それだけ言うと、ガクリと頭を落とし、2度と目を開くことはありませんでした。
 
 

 
 
――カミナリに撃たれたようでしたよ」

 ドララは静かに話を終えました。
「わかりますか?」

 シャバアは答えません。

「彼はなんの迷いもなく変化し、炎の中に飛び込んだ結果、命を落としたんです」

 ドララの声には力がありません。

「死しても元の姿には戻れません。ただ、子供を救った謎のヌエとして亡くなったんです」
「……」

「その上、私との約束を守れなかったと謝罪したんです」
「……」

「私の、私たち悪魔の、生き方そのものを否定された気がしましたよ」
 ドララは乱暴に自分の涙をぬぐいます。

「私は叫びました。声にならない声を、泣いて叫びましたよ」
「見たかったね」
「えぇ、見せたかったですよ」

「ふん」
 シャバアは荒い鼻息を出します。

「墓標もなく、冷たく堅い地面に埋められた、彼の名誉は誰にも知られないのです。それはあまりにも、非道いじゃないですか」
「それがそいつの選んだ道だろう?」
「えぇ……そう言われましたよ」
 シャバアはひとり首をかしげます。

「私は……彼の最後の全てを、せめて誰かに知って欲しくて、団長のヘンリーさんにお話したんですよ、私のことをふくめたすべてをね……」

「バカなことを」
「えぇ、そうですね」
 怒りに似た目つきのシャバアに対し、ドララは静かに笑みを浮かべます。

「ヘンリーさんは私が悪魔だと知っても通報せずに、ただ言ったんです。『あんたがアイツに対して罪ほろぼししたいのなら、悪魔の力で困ってるヤツを助けてやんな』ってね」

「罪……か」

「それで私は決めたんです。グリンくんのように、自分を、自分の何かを犠牲にする覚悟を持つ者の手助けをしよう、ってね」

 2人は静かに見つめ合います。
 どちらも、なにも言いません。

 それから、シャバアは上着のポケットから細い葉巻を2本出すと、1本はくわえ、1本はドララにすすめます。

 ドララは迷わず受け取ると、くわえました。

 1本のマッチの火で、2本の葉巻に火をつけます。
 2人は懐かしむように紫煙をくゆらせました。

 2人して、ゆかいゆかいと動き回っていたあの頃、ゆかいに出会えるたび、2人して葉巻をくゆらせていたのでした。
 
 
 
――続く





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?