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トリノスサーカス④ 『ピエロは今日も仮面をかぶる』

 
小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想した小説を書きました。
それが『絵de小説』
今年は月に1作品、連作短編でやっていこうと思っています。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。

https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/
 
https://twitter.com/nakagawatakao
 
 


 
場所は白百合町。
いろんな動物たちがニンゲンのように暮らす平和な町。
そんな町の中央広場にあるのが、みんなに人気のトリノスサーカス。
トリノスサーカスを舞台に、いろんな動物たちのいろんな物語。
月1UPの連作短編(全12話)です。
 


前回まで
① 『トリノスサーカス新春公演』

② 『さよなら空中ブランコ乗り』

③ 『怪力パンダの息子』



登場キャラクター
ヘンリー ……ブタ。トリノスサーカス先代団長。
デキアテ ……ブタ。ジャグラー。
ミューリ ……ブタ。デキアテの娘。
オロッス ……シロクマ。ピアニスト。デキアテの友人。
ドララ  ……ニンゲン。道具係。白ヒゲ長い人。
 
 
 
 

④ 『ピエロは今日も仮面をかぶる』





 
ガラガラ声の歌がする。
ぼんやりとした世界で。
ヘタな歌を歌っている。
体はずっとダルいまま。
頭はずっとイタいまま。
このままか不安になる。
誰かがみおろしている。
ヘタな歌は続いている。
それがどここか面白い。
なんだか安心できる歌。
そのまま眠りにつけた。
 
 
  *
 
 
「どんなヤツでも上手くなれるんだよ」
 そんな甘い言葉が始めたきっかけでした。

 ブタのゲテアキは子供のころからサーカスがスキでした。
 それは他の子供たちも同じでした。

 毎月、毎週、毎日のようにトリノスサーカスに出かけていました。
 その内、団員に顔をおぼえられ、話をするようになり、名前をおぼえられ、舞台裏に出入りするようになったのでした。

 デキアテにとって、団員たちはあこがれの的でした。

 彼には飛んだりはねたりもできないし、高い高い場所の空中ブランコを飛びわたったりもできそうにないし、大きく重いモノを持ち上げる力もなかったのです。
 自分にはとうていできそうにないことを軽々やっている、そのあこがれを抱いていたのでした。

 将来、大人になったらサーカスで働きたい、そう思う子供は多くいました。
 とうぜんデキアテもその1匹でした。

 ある日のことでした、とある団員がジャグリングの練習をしているのを見ていると、近くにいた団長のヘンリーが言ったのです、

「ジャグリングってのはな、練習さえすればどんなヤツでも上手くなれるんだよ」

 そして練習用のボールを3つわたしてきたのです。
 自分にもできる演目があった。
 しかも練習するだけでいい。
 あこがれのサーカスで働けるかもしれない。

 その日からとりつかれたように練習をはじめました。
 起きてすぐ学校に行くまで。
 学校に行きながら。
 休憩時間。
 お風呂のなかにもボールを持ち込みました。

 親に怒られてもやめず、ベッド上で気がついたら眠っていた、なんてことは何度もありました。

 団員も、みるみるうちにうでを上げるデキアテをホメてくれました。
 ボールの数も3つから4つ、最終的には6つまで数を増やしました。

 おかげさまで、学校を出てすぐにトリノスサーカスの団員になることができました。

 それからボーリングのピンのようなクラブ、リング、シガーボックスなどもおぼえました。

 さらには両手に持った棒で長い棒を扱うデビルスティック。
 お椀を二つ合わせたようなコマを、2本のハンドスティックに通した糸で回す空中コマ。 

 ヨーヨー。
 けん玉。
 傘回し。

 さらにはナイフ投げまで。
 サーカスの演目になるものなら、ひたすら練習に練習をかさねたのでした。
 
 
   *
 
 
「お前、その顔なんとかならんのか?」
 ある日、いつものように練習していると、ヘンリーに言われたのです。

「顔? なにが?」
「やってるときの必死の顔だよ」
 言われてもデキアテにはピンときません。

「お前、公演中も練習中みたいな必死の顔になってるぞ」
 デキアテは思わずカガミを見ます。 
 そこにはきょとんとした自分の顔しかうつっていません。

「サーカスなんだぞ。努力見せてどうすんだよ」
 世界がゆれている気がしました。

「いいか、お客さんにはすごい技を見せ、ゆかいにさせるのがワシらの仕事だろ」
「……」

「お前もジャグラーピエロなら笑顔でやらんかい」
 言われ笑います。

「イヤな笑い方すんな!」
 怒鳴られ、なにがいけないのかわからず、泣きそうになりました。

「仮面かぶれ」
「仮面……?」
「そうだよ」
「どこに売ってるの?」
「アホ! 仮面はたとえだろうが!」
「はい……」

「いいか、お客さん相手に、笑顔の仮面をかぶれって言ってんだよ! わかったか!」

「はい!」
 そう言ったものの、いまいち理解しきれていませんでした。

「返事だけだろ?」
「はい?」

「お前、思ってることが顔に出すぎてんだよ」
「……」

「まあええ、やってみろ」
 とりあえず、カガミの前で、笑顔で練習をはじめました。

「イヤな笑い方するな!」
 怒鳴られても、どう笑っていいかわかりませんでした。

「やめろ。お前、今までで一番うれしかったことってなんだ?」

「……団長に入団させてやるって言われたとき、かな?」
 考えて答えました。

「じゃあその時のことを思い出しながらやってみろ」
「はい」

「……まあまあやな。とにかくワシが言ったこと忘れんなよ」
 それからデキアテの練習は少し変わりました。
 練習は得意なので問題はありませんでした。
 
 
  *
 
 
「ええことあったんか?」
 ある日練習していると、ヘンリーやってきて、そう言われました。言ったヘンリーの方がなにか良いことがあったみたいにニヤニヤしていました。

「できたんやって?」
 ヘンリーは小指を立てます。デキアテは「へへ」っと恥ずかしそうに返すと、お尻をポンっと軽く叩かれました。

 相手はよく行っていた食堂で働いていた女性でした。
「お前ももう、そんな歳になったか」
 そう言われると、ゴリアテ妙にくすぐったい気持ちになります。

「この前までガキやったのにな」
 やっぱり、ヘンリーはうれしそうです。

「まあ、ひきょうなことはするなよ」
 それだけ言って、ヘンリーは去っていきます。

 その言葉は、ヘンリーのくちグセで、よく皆に言っていました。
 ゴリアテがその女性と結婚したのは、付き合って1年ほどしてからでした。

 彼女の妊娠が理由で、結婚式はサーカスの団員仲間と細々と開いただけでした。

 子供もすぐに産まれました。
 男の子が3匹に、女の子が2匹。多産系の種族にしては少ない方でした。

 それでも一気に5匹も家族がふえ、まだまだ新人に近いゴリアテ一家の生活は苦しいものとなりました。

 子供たちの世話と仕事だけの生活が続きました。
 贅沢は遠い存在にもかかわらず、妻は文句ひとつ言いませんでした。

 しかし、ゴリアテにとって本当に苦しいのは生活ではなく、練習時間が十分に取れないことでした。
 ゴリアテはその苦しさから逃げるように、仮面をかぶったのです。
 
 
   *
 
 
「イヤなのはあなたよ」
 そう言って、妻から別れを切り出されたのは結婚して5年ほどしてからでした。

 そのころお給料も少しは上がっていました。それでも生活は苦しい状態を抜け出てはいませんでした。

 ヘンリーにもう少しお給料を上げてくれるように頼む。
 バイトをしてもいい。
 それがダメなら他のサーカスに移ってもいい。
 デキアテはそう言って引きとめました。

 しかし、妻の意思は強く、離婚するしか道はありませんでした。

 あまりのショックに、世界がはい色になり、ゴリアテはこの頃の記憶がハッキリしません。

 どうして娘ミューリだけを引き取って自分が育てると言ったのか、憶えていないのでした。

 あまりのつらさに、ゴリアテは仮面をかぶってそのつらさを乗り切ったのです。
 
 
   *
 
 
 娘のミューリと2匹の生活がはじまりました。
 それでも生活がよくなったわけではありません。

 別れても、子供は子供、養育費を払っていたのです。
 元妻はお仕事を見つけていたのでいらない、っと言われたのにもかかわらず、デキアテが押し切ったのです。

 なぜなら、ヘンリーに『ひきょうなことはするなよ』と言われていたからです。

 元妻がやってくれていた、掃除に洗濯、さらには食事の世話まで、娘のためにゴリアテはしなくてはならなくなりました。

 娘の学校行事にも、毎回ちゃんと出席しました。

 練習する時間はさらに減っていきました。
 ジャグリングを失敗したりはしないものの、体になじんだ芸をするだけで精一杯の自分がとてもなさけなく思いました。

 そんな姿を娘のミューリには絶対見せたくないので、いままでやってきたように、ゴリアテは仮面かぶったのです。
 
 
   *
 
 
「私もジャグラーになりたい」
 ミューリがそう言い出したのは彼女が15になったころでした。
 ちょうど、上の学校に上がるか、っといったころでした。

 彼女は小さいころから『大きくなったらお父さんみたいになる』っと言っては喜ばしてくれていました。

 その感覚で、大きくなって久しぶりに言ったていどに受け流しました。
 2度目、3度目のときに、冗談や子供のたわごとではないと気づきました。

 目が真剣だったからです。

 デキアテにとって、それは喜ばしいことでした。

 それでも、上の学校には行かずトリノスサーカスに入団したい、っと言い出したのは喜ばしくありませんでした。

 もし、一人前になれなかったら、ケガでもしてジャグラーを続けられなくなったら、上の学校ぐらい出ていないと潰しがきかないからです。

 言って聞かせてもミューリは、「上の学校を卒業後に入団するのなら3年ムダにする」っと言っていうことを聞きません。

 仕方なく、ヘンリーが入団を認めたらいい、っということで落ち着きました。
 
 
   *
 
 
 ヘンリーは2つ返事でOKを出しました。
 
 
   *
 
 
「ジャグリングはね、練習すれば誰にだって上手くなれるんだよ。でも、誰かより上手くなれるのは、誰にもなれるものじゃないんだよ」

 そして練習用のボールをミューリに渡しました。

「なんだかなぞなぞみたいね」

 ミューリは嬉しそうにボールで練習を始めました。
 ミューリはデキアテの娘でした。
 みんながそう言うように、かつてのデキアテのようにミューリが練習に練習を重ねました。

 入団してしまったら、かわいい娘といえども新人団員でしかありません。
 なにより、使い物になるように育てねばなりません。

 そうは思っても、かわいい娘にきびしくしするのはデキアテにとって苦しいことでした。

 デキアテは当然のように仮面をかぶったのです。
 
 
   *
 
 
「私、結婚することにしました」
 ある日、ミューリが言いました。

 その頃になるとデキアテもジャグリング班の班長となっていて、ミューリも1人前になっていました。

 団長のヘンリーは病気で亡くなり、息子のジョーンズが後を継いで団長になっていました。

 相手は友達の紹介で知り合った男でした。
 もう、2年も付き合っていたということを、デキアテはそのとき知りました。

 デキアテは何の反対もしませんでした。
 ミューリの結婚話はとんとん拍子に進んでいきました。
 
 
    *
 
 
「よう」
 ある日、帰宅途中、シロクマのオロッスと出会いました。

 オロッスはピアニストであり、かつてはトリノスサーカスで共に働いていたこともある、古い友人でした。

「ミューリちゃんの話聞いたよ。結婚するだって?」
「あぁ、そうなんだ」
「やけにあっさりしてるな」
「そうかな?」
「へへへ、つよがってんのか? 本当はさみしいんだろ?」
 イヤらしい言い方をしました。

「う……ん?」
「あんなにミューリちゃんのために頑張ってきたんだもんな」
「うん?」
「まあ、旦那さんに安心してまかせればいいさ、いいヤツじゃないか」
「知ってるのか?」
「まあ、結婚式ではいつもみたいにニヤニヤしてごまかさないで、ちゃんとしろよ」

「え?」

「2次会、ウチでやるらしいじゃないか」
 オロッスの奥さんは森のレストランをやっています。オロッスも時折そこでピアニストとして腕を――指を振る舞ったりしていました。

「ま、しっかりやんな」
 それだけ言って去っていきました。

 デキアテはトボトボと家まで歩いて行きながら、頭の中ではよくいないモノがうずまいているを感じていました。
 ミューリが結婚して、さみしい?

 確かにミューリは結婚をきっかけに家を出て、旦那さんと生活を始めることになっています。

 一人暮らしになることがさみしい……。
 思ってもいなかったことでした。

 なによりオロッスにそう言われても、さみしいと思わなかったのです。
 いや、思わないというより、さみしいかどうかわからなかったのです。

 自然と足がとまってしましました。

 自分が本当にミューリのことを愛しているのか、わからなったのです。
 かつて、小さいころにミューリに抱いた、愛おしい感情が、思い出せなかったのでした。

 デキアテは、ミューリがトリノスサーカスに入団してからというもの、自宅でも、職場でも、デキアテは仮面をかぶり続けたのでした。

 それが原因だろうか?
 そう思っても、答えはでませんでした。

 自分の感情がどこにあるのか?
 仮面を何枚かぶっているのか?
 仮面とはなんなのだったのか?

 そんな疑問をおおい隠すように、全ての上に仮面をかぶりました。

 しかし上手くいきませんでした。

 仮面をかぶってやりすごせば、本当にミューリへの愛が、永遠に思い出せなくなるような気がしたのでした。

 そもそも、そんなことは、思い出すようなことなのだろうか? 
 こんな非道い親はいるだろうか?
 ミューリの中には、自分に対する愛はないんじゃないだろうか?
 2年も前に彼氏ができたのを黙っていたし……。
 渦巻いていく考えに、心の中は真っ黒になっていきました。
 
 
   *
 
 
 ミューリの結婚式は親族だけのささやかなモノで、とどこおりなく終りました。

 2次会は団員仲間達と、行きつけの森のレストランでの青空宴会として行われました。

 その日、ずっと調子の悪かったデキアテは2次会には参加せずに帰ろうとしました。ですがミューリがどうしてもとせがむでの、少しだけならと参加しました。

 いつもの仲間が今日ばかりはようきに飲んでさわぎます。
 酒に音楽、余興は朝飯前の団員連中は盛りに盛り上がります。

 デキアテは久しぶりに飲んだお酒に、酔えずにいました。
 本当なら今すぐにでも帰りたいのに、いつものようにニコニコ笑って座っていました。

「ねぇ! みんな聞いて!」
 ミューリが手を叩いて叫びます――静かになるまで手を叩き続けました。

「聞いてほしい、特別な曲があるの」
 そう言いながら、ピアノの前に座っている、オロッスに1枚の紙をわたします。

「これ弾いてほしいんだけど、できる?」
「うん、どれどれ」

 その紙は、楽譜のようでした。
 オロッスは楽譜をマジマジながめます。

「……ん? あれ? これは……ほう……よく持ってたな?」
「弾ける?」
「もちろん」
 そう言って、オロッスはピアノをひきはじめます。

 それは、誰も知らない曲でした。

 やさしいメロディでした。
 みんなが黙って耳を傾けます。

「今日……5つの虹がかかったよ……」

 とつぜんの歌に、みんなが視線を向けました。

 デキアテでした。
 彼はガラガラ声で、オロッスの弾く曲にあわせて歌いはじめたのです。
 決して、上手だとは言えません。

 そして、なぜか彼は涙を流していました。
 たどたどしく、彼は最後まで歌い続けました。

 演奏が終ると、誰もなにも言いませんでした。

 静寂のなか、デキアテは1匹泣き続けます。
 ミューリが楽譜を片手に彼に近づきます。

「忘れていたよ……」
「私も」

 ミューリの旦那がそっと彼女に近づき支えます。

「ビンボウで……いそがしくて……精一杯働いても、生活は良くならなくって、惨めでな……情けなくってな……」

「あのころは、みんなそうだったよ」
 言ったのはオロッスでした。

「ワシだってそうだった。友達の……出産祝いに、自作の曲しかあげれなかったなんて、な……」

 オロッスはそう言いながら上を向き、何かをこらえようとしました。

「それでも、お前達が産まれて……それだけでよかったんだ」
 デキアテはうんうんとうなずきました。

「ヘンリーさんに、ずっと言われてたんだ。『ひきょうなことはすんなよ』って」

「……」

「仮面をかぶって……笑顔で上手く行ったから、それでやりすごしてたんだ。ずっと、辛いことからは逃げてきたんだ……言葉の意味も考えず、ずっと逃げて……俺はひきょうモノさ……」

「そんなことないわよ」
「いや……お前のことだって……ずっと……」

「そんなこと言わないで、お父さんは、ずっと私のために……」
 親子2匹して泣きます。

 他の皆は、なにがなんだかわからず、ただ気まずい雰囲気で居心地わるそうにしていました。
 絶えきれず帰ろうか思案する団員までいたほどです。
 仕方ありません。

「憶えてる? 私が小さいころ、熱をだして寝込んだとき、この歌を歌ってくれたの」

「そんなこと……あったっけかな……」
 デキアテはぼんやりとしか思い出せませんでした。

 ミューリから楽譜を受け取ってながめます。
「お前達が産まれて、オロッスが曲を作ってくれるって言うから、その時の想いを歌詞に書いたんだ」

 子を愛する親の歌。
 確かに愛のあったころの歌。
 なにより、忘れることのない愛の歌でした。

「よく、そんな楽譜持ってたな」
「ううん、実はね、ドララさんがくれたの」
「ドララさんが?」
 ドララとはトリノスサーカスのニンゲンで道具係でした。

「あの人と、お父さんのことをイロイロ話ししてたら、私のためにずっと頑張ってきたご褒美だ、って言って」
「そうか……」
「不思議な人ね」
「あの人は……」

「――あの」
 同じジャグラーのブタのリッチが2匹に近づいておずおずと声をかけました。

「なんか、アレなんで、帰っていいっスか?」
「なに言ってんだ! かわいい娘の結婚式だぞ!」
「2次会っス」
「太陽はまだ高いじゃねぇか! 飲むぞ!」

 デキアテはリッチと無理やり肩を組みました。
「オロッス! もう一回弾いてくれ」

 デキアテは楽譜をオロッスにわたします。

「うぇ、ハンチョーの歌声だけは勘弁っス!」
 みんながドッと笑いました

 デキアテも、自然に笑っていました。
 
 
 
 
 

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