双極Ⅱ型のトンネル

誰もが一定の方向に進み続ける車に乗る世界があった。与えられた車体の色や形は様々で、進む速度や車道の広さも人それぞれ。各車体に設けられたゴールまで多くの車は無事故で走り切る。

ある日事故を起こした男がいた。怪我を負ったが程なくして回復、走行が安定してきた頃に再び事故。年月をかけ回復し走行再開するもまた事故。
専門の整備士に見せたところ「何度も事故を繰り返す初期不良の車体です。完全には直りません」
男は落胆した。それでも回復した為また走り出す。車体はガタガタで元の強度は無く見すぼらしい。走ることは義務、ただその一心で走り続ける。

見晴らしの良い晴天の日もあれば前が見えない荒天の日もある。「止まない雨はない」と一般的には言う。それは確かにそうだと男も思う。ただ男の絶望の理由はそこには無かった。一度の事故はよく聞く話だが、それを何度も繰り返すと宣告されている。繰り返すほどに事故の規模が増す統計もあり、耐え切れず車体から飛び降りる者の割合は一般車体のそれよりも多いらしい。

整備士によればこの初期不良は車体毎に事故の前兆が表れるそうで、注意深く観察しコントロールするのが先決とのこと。上手くやれば次の事故までの間隔が延び怪我の程度も軽く済むと。過去を振り返ると男の車体はトンネルに入ると事故に繋がるようだった。トンネルを避ける為に道をし選びながら慎重に走る。

男には長年並走するパートナーがいた。「私ね、ピカピカの新車に心を奪われてしまったの」突然の告白も男は既に覚悟していたように思った。自らの車体と歪な轍を見るに無理もないことだと。
男は受け入れてしばらく並走を続けたが「やっぱりあなたとはもう無理。なぜ初期不良なの?なぜ何度も事故を起こすの?」パートナーは泣きながら遠くの車線へ移って行った。ピカピカの新車が走る車線。男は追わなかった。ただ寂しかった。

「仕方の無い出来事なんていくらでもあるさ。俺はトンネルにさえ入らなければ大丈夫だ」空元気で自らを奮い立たせ、青空や星空を心の拠り所に、時には大好きな打ち上げ花火を見ながら走った。花火は現実から離れて楽しませてくれる魔法であり、それは車体の調子にも好影響のように思われた。
花火はいつ見ても素晴らしかった。ただその魔法も長くは続かなかった。

ある時、男が空や花火を見ていたのは透明な天井越しだったことに気付く。男は既にトンネルの中にいた。「一体いつから!?」トンネルに入ると出口まで逃げ場はない。透明だった天井と壁が徐々に黒く暗く塗り変わっていく。照明など無く出口の見えない長いトンネル。経験上この先は事故が待つ。何度も再起を図ってきた全てが水泡に帰す恐怖。
「誰か俺をここから降ろしてくれ!」たまらず男は叫んだ。ガタつく車体の走行音だけが響いていた。

(2022.12.28)


これは2022年末に帰省を取り止め部屋でひとり涙と鼻水を垂れ流しながら書いた。病状悪化の絶望感と孤独感が極まり、行き場のない苦痛を誰かに知ってほしいとの甘えが爆発した果てのアウトプット。スマホのメモ帳に書くだけ書いて放置した半年後、私の育ちから持病まで全てを知る20年来の友達に見せたところ「求められてる感想とは違うと思うけど、読み物として面白いよ!」と言ってくれた。彼女は本業クリエイターで作家志望なので、私の苦痛の種類ってこんなんでさ〜!ガハハ!のテンションで見せたものに対するこの感想はとても嬉しかった。
私は彼女のように小説は書けないけど、頭の中では考え事が常時文章化され渦巻いているからその発散になることを期待してここに書き出してみようと思った。飽きるまでは。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?