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人と出会う、ということ(最終回)

2018年12月11日。遂にこの時がやってきた。

ひとりの女子プロレスラーが、怪我を克服し、ふたたびリングに立つ姿をこの目に焼き付けるため、初めての新木場1stRINGを目指す。

生憎の雨模様だけれども、そんなことはどうでもいい。
仕事を早めに切り上げて、さっさとオフィスを飛び出した。

そういや新木場は、これまで仕事以外で来たことがないなー。
ましてや夜。到着した時点で、忍法軽く迷うの巻。

スマホの地図を頼りに場所を確認しつつ、この日の試合内容を確認するため、我闘雲舞のwebサイトをチェック。


……


………!?

試合開始時間、完全に読み誤ってるーーーーッッ!!

市ヶ谷チョコレート広場での平日興行は、19時半から開始となる。だから、まったく同じ時間感覚で移動していた。

しかし改めて確認すると、今日の興行は19時開始、とある。
「新木場駅を降りたら、軽く何か食べて行くかな?」くらいの感覚でいた、俺のバカ!バカ野郎!!

こんなときに限ってGPS信号の受信がうまくいかない…!
グルングルンと愉快に回るスマホ上の地図。

ガッデム!!(ちくしょう)

開始数分前、ようやく会場に辿り着き、チケット代を払って自分の席へ。

会場内は平日の夜にもかかわらず、満員御礼。
後日の公式発表によると320人の札止め状態だったそうだ。

19時を少し過ぎたところで会場が暗転。
ふたたび明るくなったリング上に、我闘雲舞…ではなく、アイドルユニット「ガトームーブ」のメンバーが花道の奥から登場してきた。

その中に、帯広選手…いやさ、アイドル・帯広さやかの姿が!!

………あぁ、駄目だ。

涙が溢れてきて、リング上がまともに見えやしない。
年齢のせいか、涙もろくなったとはいえ、こんなに涙が止まらないとは。


プロレスはしばしば「見せるのは勝ち負けだけではなく、選手の生き様そのものだ。」と評される。

あらゆる痛み、苦しみ、焦り、苛立ち、虚しさ、悔しさ。
そういった負のループを受け止めて、そして乗り越えて、ふたたびリングの上に立つ姿は、美しい、かわいい、カッコいい…そういった言葉で表せる形容を超えたものだった。

これが、プロレスラー・帯広さやかの生き様。
心を動かされた。文字どおり「感動」だ。

それを形容しようとした結果、言葉では表現しきれず、自分の身体は「涙を流す」という形で体現したんじゃないかと、今更ながらに思う。

その後、第一試合、第二試合と進んでいく。
今までマットで行われ、見下ろす形で我闘雲舞の試合しか観ていなかった自分にとっては、不思議であり、新鮮な光景だ。

さすがに目の前でプロレスが始めると、先程までの涙も落ち着き、大声で選手を応援し、手を叩き、時にブーイングをしながら、プロレスの試合を堪能していた。

ただ、それも第四試合までだった。

帯広さやか選手の復帰戦となるタッグマッチ。
とうとう、その時がやってきた。

テーマ曲「ブルーオーシャンステトラジー」が流れ、花道の奥から、鮮やかなブルー、そして炎に見立てたレッドのファイヤーパターンが入ったコスチュームに身を包み、満面の笑みを浮かべた、『全力疾走』プロレスラー・帯広さやかが現れた。

この瞬間を、ずっと待っていた。
ここでまた涙が溢れてきた。どうやら涙腺がぶっ壊れたらしい。

帯広選手のタッグパートナーはアントーニオ本多選手
愛称「アントン」。俳優・渡辺哲氏の息子でもある。

我闘雲舞の常連レスラーで、某大学の学園祭で行われていた学生プロレスや、某遊園地で行われたプロレスイベントで、彼にソックリなレスラーを目にする機会が多く、妙にご縁があるプロレスラーだ。

対戦相手は志田光選手、そして新納刃選手
二人とも、MAKAIプロジェクトに所属している。

特に志田選手は、新人時代の帯広選手を、徹底的にしごき倒した、鬼より怖い先輩。
この試合に臨む各選手の意気込みが記されたブログには、いかに帯広選手の新人時代、志田選手が恐怖の対象であったかが記されていた。

その後、歩む道(団体)は違えたが、この復帰戦の相手として、反対側のコーナーに立ち、迎え撃つという巡り合わせ。
こういう巡り合わせがあるからこそ、プロレスは面白い。

リング上でコールされる帯広選手には、イメージカラーの青い紙テープが大量に投げ込まれる。
いかに多くのファンが、帯広選手の復帰を待っていたか。その答えが、この紙テープであり、今日の入場者数でもあるのだろう。

試合は負けてしまったものの、帯広選手は、無事に自らの足でリングを降り、退場していった。

その姿は誰よりも美しく、そしてカッコよかった。
もっとも、涙が止まらず、大半がにじんでいたけれども。
つまり、先のような言葉では、形容しきれなかったということだろう。

興行終了後の物販では、当然ながら帯広選手のところに長蛇の列ができる。
そりゃそうだ。自分だけじゃない。みんな彼女がリングに戻ってくるのを待っていたんだから。

そして、自分の番。「あっ!ゆーえんさん!!」と、いつもの明るく元気な声で話しかけてくれる帯広選手。

曰く「入場してくるとき、不思議なほど気持ちが落ち着いていて、会場全体が、そして見に来てくれた人たちの顔がよーーく見えた」そうだ。
こっちは涙でにじんで、まともに見えなかったけどな!!

…ここで正直に言おう。

自分はある時期から、他人と接点を作ること、つまり「出会う」ということを敢えて拒んできた。
それは、拡がった接点の各所で起こるトラブルに巻き込まれ、色々とひどい目に遭ったからだ。

しかし、鬱で半年間休職し、人生のどん底を味わって改めて思った。
人との出会いは、悪いことばかりじゃないぞ、と。

こうやって自分から飛び込むことによって、新しい世界や見識が拡がり、心の支えになることが増えたのだから。
更に、その繋がりがきっかけで、新しいことができるかもしれないのだから。

帯広選手、本当にありがとう。
そして、これからもよろしく。

いつの日か、飲みに行きましょう(でもお酒は程々に、ね)!!

(おわり)

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