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Xにおけるガンプラ炎上の図式とは、承認欲求が強く影響をしていて、大半が嫉妬であろう

SNS(特にX)における「いいね!」とは主に共感であり、フォロワーやいいねを欲すれば、共感型の人間性を全面に出すしかない(無名人ならなおさら)。

モデラーは、ライトに、ガンプラで、素組オンリーの人が割合として1番多いだろうから、ガンプラを素組して完成させたプラモデル写真をXに投稿してタグを付けるだけで、いいねは得られやすいだろう。共感を得られるので。

それは、それだけのことだから、別段いいねの数に嫉妬したり、モデラーのレベルうんぬんをとやかく言う問題ではない。
そして、ガンプラを改造しようが、共感を得られなかったら、いいねは伸びにくいだけの話でもある。キャッチーではない、ぐらいの。

共感型は、自分がない。もしくは、自分が邪魔になる。個性的であれば、他者とは異なるという点で、孤立しやすくなるから。
なので、積極的に、半数程度はきっと無自覚に、自分を消滅させようとして、結果、自分自身をコンテンツとして消費させているのだが、SNSでフォロワーといいねが増えてハッピーならば、それで構わないだろう。

Xにおけるガンプラ炎上の図式とは、承認欲求が強く影響をしていて、大半が嫉妬であろう。

「素組なんてモデラーのすることではない」的な発言は、宗教心のようなもので、発言者にとって素組なんて邪道、つまり、邪心かつ邪神であり、クトゥルフなのである。当然、そんなものは他者からすれば余計なお世話でしかない。
私が気になっているのは、プラモデル塗装問題において、「塗装がしたくても出来ない環境の人もいる」的なガンプラ素組派のコメントで、「定型文なのか?」と勘繰ってしまうぐらい目にするのだが、あれは嘘である。
素組で満足しているならば、「塗装なんてする必要ないもんねー」の一言で済ませれば良いものの、そこに自分ではない架空の他者を持ってきて、ありもしないことを1ミリも疑わずに発言する。そこにあるのは、自分という心的立場の破棄でしかない。自身の破棄はいいが、出鱈目をSNSに垂れ流している点では、素組にあれこれ文句を直接言ってしまう悪質であろうコメントと、私からすればそれほどの差異はない。

興味がないなら、発言しなければいい。
塗装に興味がなく、知識もないなら、黙っていればいい。

プラモデルの塗装は、例えば、アクリルガッシュの筆塗りでも出来る。これは、100円ショップで揃えられる。作業スペースも水彩画を描くぐらいで済むので、描けないということは、プラモデルを作るスペースがないのと同じであり、プラモデルを作る場所があるなら、塗装も出来る。
さらに安価かつ、安全に、手軽に塗装が可能である。

当然、「プラモデルは素組ではダメだ」というわけではない。そんな決めつけを他人に押し付けないで欲しい。結果、プラモ業界の妨げになるので。
同様に、塗装は難しい、とか安易に言わないで欲しい。それもまた決めつけであり、結果、モデラーに塗装をする機会を失わせる点で、プラモ業界の妨げになるので。

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