見出し画像

小さい友だちと、小鳥と。

実家のお隣に住んでいる石田さんは一人暮らしで、とても愛想がなくて、ほとんど挨拶もしなくて、同じマンションの中で彼と付き合いをしている人は一人もいなかった。

私がこのマンションに引っ越してきたのは、大体18年くらい前のこと。石田さんもその当時からここに住んでいるので、振り返ると20年近くもお隣で過ごしてきた。でもその間に話をした回数は、片手で数えても余ってしまうほどだった。

そんな石田さんと唯一、友だちのように話せるようになった人がいる。それは、うちの息子だった。

息子は小さいことから非常に愛嬌のある子どもだった。人間が生まれてくるときに100のパラメーターがあったとして、賢さ、運動神経、体力、容姿などなどのファクターに振り分けができるとすれば、彼は「愛嬌」に全振りして生まれてきたような子だ。

人なつっこい息子は、石田さんと会うたびに話しかけた。「こんにちは」から始まって、「一緒に飛行機を見よう」「これからお寿司を食べに行くんだ」。石田さんは、そんな息子の問いかけに、いつも同じ目線で応えていた。近所で遭遇すると、「おう」と挨拶して、一言、二言、何気ない会話をしていた。

時々お菓子をいただいたり、少しだけ話をしたり。長い間、お隣に住んでいたのに、ようやく近年になって私の実家は石田さんと交流するようになった。彼はめちゃめちゃ無愛想な人だと思っていたけど、実は優しい人だと知った。

 

数日前、最寄り駅近くの駐輪場で、石田さんとすれ違った。私は最近少し忙しくて、石田さんの顔を見るのは久しぶりだったんだけど、何となく顔色が悪いように見えて、少し嫌な予感がした。

その日の夕方、息子は石田さんと会って話をしたそうだ。

石田さん「動物、飼ったことある?」

息子「あるよ!」

石田さん「小鳥は飼えるかな?」

息子「うーん、金魚なら飼えるよ!」

石田さん「そうかぁ……まいったなぁ……」

石田さんは7〜8年前から小鳥(セキセイインコ)を飼っていて、たいそうかわいがっていたのは知っていた。それを手放そうっていうことは、入院?

  

翌日、息子を連れて石田さんの家を訪ねてみた。

私「すみません、昨日、息子から話を聞いたんですが、小鳥のお話、何か事情がおありなんですか?」

石田さん「ああ、すみませんね。実はこの度、入院することになりまして……。小鳥は、とりあえずペットショップで預けられるとのことなんですが……、長くかかるかもしれないので、お譲りしてもと思いまして。ボク、小鳥飼ってみるかい?」

息子「飼いたい!大事に育てる!」

私「石田さんがその小鳥をかわいがっていらっしゃったのは知っていますので、もし、一時的でも、長期的でも、行き場がなくなったら、うちは預かることはできますので、相談してください」

石田さん「ありがとう。実はね、あの鳥、買ってきた鳥じゃないんだ」

私「えっ?」

石田さん「8年前のある日、窓を開けていたら、突然ウチに飛び込んできてね。それ以来、外に出て行かなくて、ウチで飼うことにしたんだ」

私「すっすごい出会いですね!」

石田さん「もう年老いた鳥なんだけどね……」

私「お困りの時は、いつでも言ってください」

 

石田さんの状況は、なんとなく、あまりよくないような気がする。何もできないけれど、せめて小鳥の行き先の心配だけは取り除きたいなぁと思う。今はいつ小鳥が来てもいいように、掃除を進めているところ。

それにしても、ある日突然、家の中に入ってくるなんて、縁を感じる出会いだなぁ。

元気になって帰ってきてください。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?