【小説】 3択クイズ:妻の望みは?
『最終問題:医療器具の「AED」は何の略でしょう?』
巨大なゴシックフォントが表示され、出演している芸能人たちの「ええ〜」という顔がアップで映った。これで番組の優勝が決まり、優勝者には高級霜降り肉がふるまわれる。
僕がリビングの椅子に腰掛けて、「なんだっけ、Aは多分『エマージェンシー』だよな」とぼんやり考えていた、その瞬間のことだった。
「冬場って皿洗い大変なんだよね」
妻の声が背後から聞こえた。隣にいたはずの彼女がいつのまにかキッチンに立ち、夕飯の皿はテーブルからきれいに消えていた。緊急事態だ、と僕の脳内の赤ランプが急速回転した。(0秒)
皿洗いが大変、というのは僕も常々感じていた。ガス式沸騰機の老朽化した賃貸アパートで、触れないほど熱いお湯か、触りたくないほど冷たい水ばかり出る。その中間がなかなか出ない。とくに冬場はそれが顕著だ。
問題はそこではなく、ここで妻に何を言うべきかだ。水まわりの問題は何度も話したことであり、いまさら情報共有の必要はない。もしかしたら僕が皿洗いをせずテレビを見ていることに、彼女は不満を呈したのかもしれない。
『じゃ、僕が洗うよ』(選択肢A)
という言葉が口の端まで出かかって、そこでさっと止めた。
それはおかしい。これはミスリードだ。
夕飯の皿洗い担当に関して、我が家にはシンプルかつ明確なルールが存在する。「料理を作っていない方が洗う」だ。昨日の残り物を温めるだけの日は、前日に料理をした側が「作った側」と判定される。
会社で経理部に所属する僕は、年度末には鬼のように残業が集中し、それ以外の時期はさほど忙しくない。一方で営業部の彼女は、客先の気まぐれな呼び出しによって、突発的に帰宅が遅れることが頻繁だ。
こうした夫婦は家事分担も臨機応変さが求められ、曜日交代や週交代といった当番制は実態に即しない。そこで家事負担のバランスを少しでも整えるために、「先に帰ったほうが料理する、料理をしなかった側が皿を洗う」と決めたのだった。
ところがここに落とし穴があった。
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