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二泊三日の島流し ― 八丈島旅行記

死刑の次に重い罰。現代日本では無期懲役だが、かつては流罪がそれだった。隠岐に流された後鳥羽上皇、佐渡に流された日蓮というように、日本史における錚々たるメンツが島流しになっている。なにしろ日本は島国である。流す島には事欠かない。

そんな流刑地の最大手が八丈島はちじょうじまである。関ケ原で敗れた宇喜多秀家を筆頭に、江戸時代を通じて実に1900人が流された島だ。地図を見るだけでも「ここに流されたら終わるな」という感じが伝わってくる。南太平洋の先住民なら「死後の世界」とみなしてそうな位置関係である。

ところがそんな絶海の孤島も、いまでは飛行機で1時間足らず。ANA が「国内線どこでも7000円セール」をやっていたので、それで八丈島に行くことにした。

せっかく定額ならなるべく遠く、たとえば石垣島とかに行ったほうがオトクだ。ただ、その頃の僕はいろいろとハードな仕事を抱えており、「ここで沖縄旅行とか行ったら社会的に死ぬな」「かといって家にこもってると精神が死ぬぞ」という板挟みをかかえていたからである。八丈島なら行政上は東京都内なので問題ない。

ということで、2日分の着替えと、おそらく使わないであろう仕事用のラップトップを抱えて羽田空港に向かった。2023年2月のことである。

羽田空港の保安検査を通過したところに WHILL という車椅子の未来版みたいなものが並んでいた。手元にあるタッチパネルに行きたい場所(搭乗ゲート番号)を入力すると、自動運転でそこまで連れて行ってくれる。ただし徒歩の半分くらいの速さしかないので、動く歩道に乗っている客たちにすごい勢いで追い抜かれた。目的地についたら勝手にもとの場所に戻っていった。かわいいやつである。

カメラを手で塞ぐと停車する

空港という施設は、その特殊事情を生かしてこういう実証実験的な技術が積極的に導入されるので見ていて飽きない。SFを書きたい人は空港に住むといい。

手前は八丈小島(無人島)、奥に見えるのが八丈島。

1時間足らずの飛行機なんて乗るのは初めてだった。離陸を終えてシートベルト着用サインが消えても、ひと呼吸するとすぐに着陸態勢に入る。空港に降りるとすぐに南の島の熱気が……と思っていたがそんなでもない。緯度的には大分県くらいなので、2月の気候は「コート着ないよりは着たほうがいいかな」という程度。空港を出るとそこかしこにアロエの花が咲いており、視覚的には微妙に南国っぽい。

花より葉が有名なアロエ

あいにく天気が悪いので、ひとまず屋内で見られるものを、と東京都庁の支庁に行く。島の自然や歴史を解説しているビデオや資料が展示されている。「津波で島民が全滅したあと、ひとり残ったたなばという女が男の子を産んだ。その2人が島を切り開き、子孫を繁栄させた」という伝説があるとのこと。母と息子で子孫繁栄……?

歴史解説ビデオがすでに歴史を感じる

その後、関ケ原で敗れた宇喜多秀家がこの島に流罪になり、その後も江戸時代を通じて罪人1900人が送られてくる流刑のメッカとなった。といってもアウトローの集まる島という感じではなく、むしろ中央の政争に敗れた文化人が島に産業や文化をもたらした側面が強かったという。

ちなみに宇喜多秀家はその後も島で子孫を残し続け、明治になってから本土に戻ってきたらしい。そんな手塚治虫のSFみたいなスケールの話が実際にあるんだ。

島全体は2つの火山がくっついた「8」の字型をしている。八丈島という名前もこれに由来する。という話をいま考えた。

←三原山 八丈富士→

八丈富士は数千年前の噴火で形成された新しい地形で、プリンのようなきれいな円錐形をしている。三原山はもっと古いため、長年の風雨で侵食されて凹凸の多い地形をしている。

こうした地質の違いは町並みにもなんとなく反映されている。八丈富士側はそのへんの岩がやたらゴツゴツしており、最近火山から降ってきたことがわかる。三原山側はきれいに角がとれた石が並んでいる。

八丈富士側の駐車場
三原山側の石垣

両者を区切るように空港の滑走路が通っており、市街地もだいたいそのあたりに広がっている。全体的に古いコンクリの建物が多いが、「PayPay対応」「コロナ対策中」といった壁紙があることで営業しているのがわかる。

ぶらぶら歩いているうちに暗くなってきた。予約した宿が素泊まりなので、Google Map 上で「営業中」と書かれている飲食店に行ってみたが、電気はついているものの人の気配はなく営業している様子がない。しかたなく別の店へ向かう。

ん……? なんだあれは。仏像か何かだろうか。

どうやらリゾートホテルのようだが、だいぶ前に廃業したらしい。ガラスもいくつか割れている。

玄関先まで来てみると、なぜかオフィスチェアが投棄されている。扉の前には何かを燃やしたような焦げ跡。

見る影もない状態で放棄された車。ナンバープレートがついているのが逆に怖い。いよいよ日も暮れてきたので、耐えられなくなって小走りで逃げ出す。

廃ホテル地域から抜け出した頃には、日は完全に暮れて雨も降ってくる。飲食店どころかスーパーの類さえ見当たらない。この状況でどうやって夕飯を……?

ここで夕飯を探すのか……

と思っていたら、暗い道中に洒落たカフェレストランがぬっと現れる。これは本当に「ぬっ」だった。なぜか Google Map にも載っていない。

中に入ると明日葉あしたばの担々麺が出てきた。ここまでの流れのせいもあって、温かいスープに涙が出そうになった。これはもう狐に化かされても文句いえないな。

明日葉は八丈島の名産品で、このあとも明日葉うどんとか明日葉茶とか色々な明日葉を摂取した。「葉を摘んでも明日には芽が出る」という豆苗なみの生命力に由来するらしい。

無事に腹を満たし、素泊まりのホテルで一夜を明かす。ふたたび昨晩の廃墟に行ってみる。あいかわらずオフィスチェアは転がっているが、朝日のもとで見るとあまり怖くない。焦げ跡もおそらく悪ノリで焚き火をした集団がいたのだろう。

あとで調べてみると、八丈島は戦後まもない頃はリゾート地として栄えたが、沖縄の返還、海外旅行の自由化、そしてバブル崩壊といった条件が重なって廃業し、今ではこうしたリゾートの跡地がいくつも残っているらしい。

ちなみにこのホテルは『TRICK 劇場版2』のロケ地として使われ、廃業後は「日本三大廃墟」としてマニアの間では有名らしい。知識がつくと急に恐怖心が薄れるな。


島のレンタカー店で「X-kart」という実写版マリオカートみたいな車を貸し出しており、おもしろそうなので予約しておいたのだが、実際に乗ってみると驚くほどパワーが弱く、車椅子でも登れそうな斜面が越えられない。「すみません、やっぱり普通の軽自動車でいいですか?」と言って変えてもらった。

走れわナンバー

島に運輸支局はないので、本土から300km離れているのに品川ナンバーである。「品川駅が品川区じゃないって知ってる?」という豆知識で喜んでいる連中は品川の広大さをナメていると言わざるを得ない。

「通勤ラッシュも終わった時間だから、交通量もそんなにないよ」ということを言われ、離島に「通勤ラッシュ」という概念が存在するということに驚いた。さすがは東京都内。

ひとまず「八丈島一周道路」というわかりやすい名前の道を回る。西側の八丈富士沿いの海岸には、いかにも最近冷えて固まりました、というギザギザの火山岩がゴロゴロしている。

ひととおり島を回ったあとで八丈富士(標高854m)に登る。島の最高峰なのだが、登山道はほぼ全て階段という文明仕様になっている。

一般に登山道は平地と斜面、そして階段が緩急をつけて出現するものなのだが、こんなにも階段オンリーの山を見るとどんどん心が「無」になっていく。

てのひらに溶岩を

道中に落ちている石がやたらと尖っている。溶岩が冷えたばかりの若い石なのだろうが、これもやがて雨風に吹かれて丸くなっていくのだろう。大人になるとはそういうことだ。

ようやく山頂に到着。わかりやすいカルデラ地形が見える。天気もいい感じに晴れてくる。

内側から火口を見上げる

火口に降りていく道があるが、中に入った瞬間にスマホがスッと圏外になる。基地局がふもとにあるから当然だが、あまりの「スッ」具合が怖いので深入りせずに帰る。

すすむ一次遷移

山頂の火山岩には地衣類と草本が生えていて「おお〜一次遷移してますな」と声をかけたくなる。

八丈小島が見える

海を挟んだ向こうには八丈小島という島が見える。まったく平地のない険しい島だが、江戸時代には500人が自給自足の生活をしていたという。ただ電気もないため生活は困難を極め、戦後になってこちら側への集団移住が行われたため現在は無人島である。全国の離島はどこも過疎化傾向にあるが、人為的な無人化が行われた例は珍しい。


2日目の夕飯。前日の反省を生かし、ちゃんと事前に調べた寿司屋にむかう。あらかじめネタを醤油漬けにする八丈島名物、島寿司

島寿司

「寿司にいつ醤油をつけるか」といえば日本食三大論争の種であり、「醤油皿にシャリをつける」「上下逆にしてネタをつける」「醤油を直接寿司にかける」といった派閥に分かれて人死が出かねない議論が起きているのだが、最初から醤油をつけることで争いを未然に防ぐことができる。

島のメインストリート


3日目の朝にレンタカーを返し、「さあ、あとはもう帰るだけ」となったが帰りの便は夕方である。明日提出しなければならない原稿が1件あるので、ANA の窓口に行って「すみません、昼間の便に変えられませんか?」と頼んだところ、「7000円の格安便なので無理」といったことを言われる。というわけで空港周辺をあてどなくぶらつく。

八丈島のキョン

八丈島のキョンを見る。シカ科なのでシカくらいのサイズを想像していたがだいぶ小さい。大きめの犬くらいである。「八丈島のきょん!」というフレーズが有名なため固有種だと思っていたが、実は八丈島では飼育されているだけでまったく野生化していないらしい。つまりあれは「上野のパンダ」みたいなものか。最近では千葉県における個体数の急増が問題になっているらしい。


そうこうしているうちに飛行機の時間になり、空港のおみやげ屋で黄八丈を見る。島の特産品である織物である。農業用の土地が少ない離島では、漁業のほかに織物が特産になりがちだ。ちゃんとした布は高いので、切符ほどのサイズの栞を買う。栞はいくらあってもいい。

八丈島で黄色だから「黄八丈」という安直なネーミング……かと思いきや、むしろ逆だという説がある。この黄色い布を八丈で織って売ったことから「黄八丈を織っている島 → 八丈島」となったそうだ。名産品が地名になる例って「トヨタがあるから豊田市」以外にもあるんだ。

航路が短すぎて、原稿をやる暇もない


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