市井ウォッチ 番外編
シニア女性らの井戸端会議こそが日本の「世間」の縮図である。 これはそのウォッチの記録である。
▼Aさんのこと
Aさんはたぶん50代で、小柄で華奢で、いつも静かに微笑んでいる人だった。細面で和服の似合いそうな雰囲気。
旦那さんの転勤についていってこれまで色々な地方に住んだらしい。
子どもはいなかった。
Aさんは北海道出身だった。だから他のマダムたちと違って標準語を話した。一度「じゃがポックル」をくれた。「母が送ってくれる荷物に入っていたので」という。じゃがポックル好きの私は大変嬉しかった。
仕事の飲み込みが早く努力家だったので、職場では大変頼りになった。
細かな雑用も全ていつの間にかやってくれてしまう。
でも控えめな方で、いつも「いえいえ、がんばります」と答えていた。
他の大阪マダムたちが賑やかに話しているのを、ニコニコしながら黙って聞いていた姿が印象に残っている。
ふとしたことで、年齢と結婚の話になり、
いつも通り私は
「まあもう、こんなトシですからねー」
などと言っていた。
すると隣にいたAさんがそっと
「そんなことないですよ。私も夫と出会ったのは40歳になってからです」
と言った。
私は思わずAさんの顔を見た。
Aさんが自分からそういう話をするのを聞いたことがなかったのと、Aさんのような素敵な女性が(失礼ながら)その年齢まで独身だったことに、驚いたのだ。
「そうだったんですか、意外です」
と私は言った。
「だから、これからですよ」
とAさんは微笑んだ。
その後、Aさんはまた旦那さんの転勤で遠くに行くことになり、退職された。代わりに新しい人が来た。
時々Aさんのことを思い出す。
関西弁のマダムたちに囲まれながら、物静かに微笑んでいるAさんのことを。これからですよと言ってくれたAさんのことを。
以上、番外編でした。
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