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雪山 : 「#十二月」




十二月一日 朝。

冷気に覆われた街を高台の住宅地まで行くと、遠くに高く聳える山の頂上が真っ白な雪で覆われていた。三角の頂上は風が強いらしく、雪煙がひっきりなしに上がっている。

あの山が白くなるとこの街にも雪がやって来る。
空は晴れているのに、僅かに粉雪が飛んでいた。

「山が真っ白。」

「キレイだなぁ。」

夫は雪道の運転はそれ程苦ではないから、あの山をキレイと素直に思える。
私はアイスバーンが何とも受け入れがたく、あの山が白くなるのにため息しか出ない。

それでも、
「本当ね。」
と、夫の気分に水を刺すのはやめた。

今日は母が転んだと電話があり、実家に向かっている。
ずっと上り坂が続くけれど、雪山とは反対方向で、紅葉の山並みを長閑に眺めながらのドライブになった。

実家に着くと、母はリビングのソファに普通に座っていて、特に何処かが悪いというふうではなかった。
私に電話が来たけれど、妹も仕事を休んでいて、二人でテレビをみている。
私が呼ばれる必要はなかった気がするのだが…。

「お母さん、大丈夫ですか?」

「転んだけど、何でもないのに、ごめんなさい。」

「いや、何でもなくて良かったですよ。」

と、夫は母に優しく声をかける。
夫はソツがない。
ソツのない夫を母は気に入っていて、満面の笑みを見せる。

「今日はお休み?」

「今日は代休で休みなんですよ。」

「だったら、お昼食べてって。」

普段、家事の嫌いな母は夫には甲斐甲斐しい。
今日はここで午後まで過ごすことになりそうだ。
そして不思議なことに夫もそれを普通の事の様に思っている。



4人でテレビを見ていると延命治療の特集になり、会話が止まりテレビを見た。

「家族が、経管栄養や点滴はいらないって言っても、遠い親戚が現れて色々言うんだよね。」

と、妹が言う。

妹の情報はアップデートされていないらしい。
その情報は、20年も昔の話だ。
今や、独居や単身者が増えて、倒れて病院に運び込んでも、『身元引受人』『保証人』がいない事の方が問題だ。
本人が意思朦朧状態で、身元引受人も保証人もいない状態で、病院はどこまで治療するかを決定できない。
遠い親戚が現れるのは、逆に幸せな事なのだ。

「遠い親戚がいた頃の時代の方が幸せだよ。今は保証人がいないんだから。」 

今は、保証人さえ、保証人代行会社を利用する時代なんだ。
何だか、人間関係もお金で繋がる様な希薄な薄い膜みたいだと思った。
昔。…2.30年前?…は、煩わしいけど、人間関係が濃かったんだな。

「お母さんも、延命治療どこまでするか決めといてね。」

と、妹が母に言う。

「延命治療なんかしなくていいよ。」

「あ、食事を食べてもBMI 12切る時は体は枯れる準備をしてるんだって。」

と、妹がテレビをなぞる。

「じゃあ、BMI 12を目安に、点滴も経管栄養もやらないって事でいいんじゃない。」

と私が言うと、母も妹も同意した。

一昔前なら、こんな相談を気軽に出来ただろうか?
死は凄く特別で厳かだったけど、特別ではなくすぐ傍にあるものになったのだろう。

「凄くあっさりしてるね。」

「それだけ死に近付いた人が増えたって事じゃない?
それに、最後まで自分はどうしたいかを決めておくのは、残された人にもいいと思うんだけど。」

「まぁ、そうだけどね。」

と、夫は少し呆気に取られている。
両親も元気で、病気もした事のない夫にとって死は遠い所にあるのだろう。

夫はあの雪山を眺めた時の様に、何だか重い何かが、他の人より少ないのかもしれない。






締切無視で、スミマセン🙇

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