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『短編』再会 第2回 /全4回

 僕たちが付き合い始めたのは確か、六年前の夏だった。いやに暑い日で、しかも大勢がごった返す祭りになんて来ていたんだっけ。同じサークル内の仲の良い四人で行ったんだ。その中に僕と景が含まれている。僕らを除く二人は付き合い始めたばかりのカップルで、……まあその場に僕たちが参加したのもおかしな話だけど、当時はあまり何も思わなかった。普通に歩くのもままならない人ごみの中で、僕たちは何度もはぐれた。はぐれては携帯で連絡をし、すぐに集まった。そうしてまた歩き出すのだけど、またすぐにはぐれてしまう。そんなやりとりを何度かした頃、僕と景が二人の時にまた二人とはぐれてしまった。

「もういいんじゃない?連絡しなくても」

「ああ、やっぱり。僕もなんとなくそう思ってた」

僕がそう言うと、彼女は笑った。

「康平君ってさ、自分のこと僕って言うよね」

「うん?ああ、そうだよ」

「珍しいよね。何か意味があるの?」

「意味?……ちょっと子供っぽいかな?」

「ううん、別に。そんなことないよ。私は嫌いじゃない」

「意味は別にないよ。高校生の時とかは俺って言ってたんだけど、なんだか自然に僕になった」

「そんな自然に変わっていくものなの?」

と言いながらまた笑う。

「どうだろう。自分でもよく分からないんだけど」

僕たちはあの二人に連絡をしなかった。だけど、あの二人からもその後連絡はなかった。「あいつら本当は最初から二人になりたかったんじゃないか?」なんて彼女が言い出したあたりから、二人の愚痴を言い合い、そしてまた笑ったのだった。もちろん冗談で言っているだけで本気じゃない。だからこそ笑えたんだと思う。

 僕は彼女のことをよく知らなかった。指田景(さしたけい)。彼女の名前は知っているし、同じサークルにいるから話す機会もあった。だけど、分からないことの方が遥かに多い。彼女が住んでいるところだって知らないし、こんなによく笑う子だということも知らなかった。

「康平君って、心理学部だっけ?」

「うん、そう」

「心理学部って面白そうね。もしかして人の考えてることとかも分かったりするの?」

「いや、そんなの分からないよ」

「心理分析出来たりするんじゃないの?」

「まあ確かに、人の行動の中にその人の心理的な部分が現れていることがあるから、行動を見てその人がどう思っているのか、とか、なんとなく分からなくもないのかもしれないけど。……僕にはさっぱりだよ」

「運転が荒い人が、機嫌が悪い、とか?」

「そう。そんな誰でも分かりそうなこと。ただ、人の気持ちなんて分からない方がいいじゃないかって僕は思うよ。察することは必要かもしれないけど、大方分かっちゃうっていうのは、その分かっちゃう人が辛くなるだけだと思うし」

「辛くなる?」

「うん。だって、相手が欲していること、嫌っていること、好きなこと、そういうのが接してる内に分かっちゃう。それを分かっちゃったら、相手に合わせようとする。常にそう、常に合わせようとするんだよ。そんなの疲れちゃうし、相手の気持ちなんて関係なしに行う行動の方が人間的じゃない?」

「……うん、分かるような分からないような」

「……あ、ごめん。これは僕の持論なんだけど……。あまり気にしないで」

「康平君って大人しい人だと思ってたけど、喋る時は喋るんだね」

「ああ、そうかな」

人ごみの中、たった数時間で僕たちは急激に仲を深めていった。そして帰り際、彼女が僕のことを気になっていると言った。あまりに唐突な流れに僕は幾分後ずさりし、同様した。そんな態度を察した彼女は「あ、ごめん」と言った。「でも、好きなの。今日はっきりした」とも付け足した。

 その日、その言葉を最後に彼女と別れた。後から聞いた話では、元々景とその友人カップルたちは、僕たちを二人にすることを目論んでいたみたいだった。景が以前から僕のことを気になると言っていて、それで練られた作戦だった。確かにそのグループに僕が参加したことは、いささか違和感があったし、少し気乗りしない部分もあった、ただまあ、祭りなんて随分と久し振りだったし、それなりに楽しみにもしていた。僕は、三人にしてやられた訳だ。……と言いつつも、僕と景はそれから数日後には付き合うことになった。僕が彼女を呼び出して、「この前はありがとう。僕と付き合って欲しいんです」と言った。それを聞いた彼女は大笑いして、「そんなこと言える人だなんて思ってなかった」と言った。

「でも、ありがとう。よろしくお願いします」
と言いながら手を差し出して来たので、僕も手を出し握手したのだった。ちょっと異様な光景だったけど、僕たちの関係はそうやってスタートした。

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