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熟成生ハムの熟成期間の考察

スペイン産の生ハムに限らず、例えばワインやシャンパン、ウイスキーなどビンテージがそのまま価値に繋がるプロダクトは食品に限らず多く存在しています。
なぜ熟成期間がそれほどに大切で、付加価値が付くのか生ハムに置き換えて考えてみます。

スペインの生ハムでも
一般的な白豚(三元豚)を使ったハモンセラーノも7か月熟成の物から、36か月熟成の物まで様々です。
スペインの市場を見ると7か月熟成のハモンセラーノと36か月熟成のハモンセラーノは価格差で1.5倍程度。
36か月熟成のハモンセラーノの方が
キロ単価にすると高額に取引されることが多いです。
ではその違いは何でしょう。

まずは歩留まりです。
14キロほどあったもも肉(生ハムの原料)は熟成期間を経て9キロ前後まで目減りします。
主に熟成期間中に水分が抜けることで、精肉時の7-6割ほどになります。
仮にキロ1000円のもも肉(14キロ)を熟成させ9キロまで水分を抜いた場合、生ハムの原料原価はキロ1555円となります。

これが仮に7か月の熟成期間だった場合と、36か月熟成だった場合とで製品の水分量はかなり変わります。
同じ原料を使っていても相対的に36か月熟成のハモンセラーノの価格は高くなります。
その他にも、光熱費を含む保管費、人件費、長期熟成に対するリスクの価格ももちろんあるでしょう。

では、官能評価に対しての価値はどうでしょうか。

熟成生ハムの熟成が影響する部分は、味覚、嗅覚、触覚があげられます。
熟成生ハムの味覚で代表的なのがうま味です。
うま味はたんぱく質が酵素によって分解され、アミノ酸に変化することで生まれます。
嗅覚は主に熟成香。
熟成時に発生する白カビや酵母菌が醸し出すナッツの香りと言われる匂いです。
他にも獣臭さや血の匂いも熟成され、たんぱく質が分解される過程で弱まっていきます。

最後に触感です。
熟成過程で水分が抜けると熟成生ハムに硬さが生まれます。
実は、熟成生ハムにおいて触感は意識されることが少ないのですが
かなり複雑で重要です。
水分が多いふわっとしたスライスハムの食感や、原木のナイフカットで深みの生まれる硬めの熟成生ハムなど。
分かりやすく触感が変わるので、使い方も大きく変わります。
しかし、酵素によってたんぱく質が分解されるので、熟成が進むと肉の繊維感(筋感)による硬いは減ります。
また、たんぱく質で構成される筋肉繊維が分解されると、ねっとりとした舌ざわりになります。
さらに進むと少しざらついた舌ざわり。
最終的には無機質の砂のようになっていきます。
熟成生ハムを作ったことのある人であれば、骨の周りからマンテカ(熟成生ハムの表面をコーティングする油)をすり抜けて熟成生ハムの赤身に侵食し、砂っぽく変質した経験があるかなと思います。

浅い熟成期間:水分の多いクリーミーさと筋肉繊維による硬さ
長い熟成期間:筋肉繊維が分解される事で生まれたクリーミーさと水分が減ったことの硬さ。
この部分が熟成期間と共に少しづつ入れ替わっていきます。

これは同じ原料の豚肉を使った場合の想定ですが、もちろん原料が変わればすべての熟成工程の変化速度などは変わります。

ここまでで、何となく熟成期間が長ければ長いだけ良いって訳じゃないんだなと…こんなマニアックなnoteを見ている方は予想出来ていると思います。
愚痴では無いんですが、1000円台のグランレセルバ!とかのワインを展示会で見ることは良くありますが
旨い!!ってなったことあんまり無いかも…
48か月熟成のハモンイベリコ(50%~75%血統)!!とかも見かけますが
ねっとりしすぎて味がぼやけてて、熟成のし過ぎで苦みと
若干酸化臭が出てる物が多くて。
日本人には味の違いなんか分かんないんだから、とりあえず長期熟成して高く売ろうみたいな勝手な被害妄想出る時あります(笑)

ワインで有名なボジョレーヌーボーもそのまま置いておいても高級ワインにならないのと同じで(置いて試したことがないので試したことある人はぜひ感想を)
熟成の期間はその熟成生ハムの原料肉のポテンシャルと熟成環境、目指す味や調理方法(料理と合わせるのか、スライサー、ナイフカットなど)で考えるべきです。
その上で長期熟成でしかたどり着けない味と香りと触感のバランスが見事に調和した物が価値のあるものだと僕の中では考えています。

では、調和のとり方の目安はどんな捉え方でしょうか。
個体差は置いておいて。(個体差を減らす考えも大事です)
第一に肉質。肉質は品種と血統・生育期間・運動量などが大きな影響だと考えています。
第二に脂の質。これは餌による影響が大きいかな。
第三にサシの入り具合と脂の量。品種が大きいかな。
第四に熟成環境。寒暖差・菌を付ける付けない。水分量
これらを上手く組み合わせて熟成させます。
結構ロジカルで、まず第一の肉質(赤身)は生育期間が長くて運動量が多ければ濃い赤身になります。
これは赤血球(ミオグロビン)が増えるからです。
ミオグロビンが分解されてうま味と言われるアミノ酸になります。
生育期間が長くて運動量が多い豚肉が、長期熟成の先に
濃い旨味を持つ熟成生ハムになる事が予想できます。
(生育期間や運動量が多いと酸素を体に多く蓄えるために、酸素と結合するミオグロビンが多くなります。例えば若鳥の肉はピンクですが親鳥は濃い赤身肉になります。長時間潜水をするクジラも酸素を蓄えるために濃い赤身。)
つまり、生育期間の短いピンクの豚肉を何年熟成させても
たいして美味しい熟成生ハムにはならないのです。

長くなりましたが、要するに
美味しい36か月熟成のハモンセラーノと
美味しい7か月熟成のハモンセラーノの原料は
同じ豚肉じゃないよと言うことです。
(方針として同じ原料を熟成期間だけ変えて製品化しているメーカーも沢山ありますが)
ワインに飲み頃がある様に、熟成生ハムにも熟成頃があるんです。

うちの豚肉はどれくらい熟成させたら良いかな?と
ご質問頂く事がありますが、この生育期間(何か月で屠畜しているか)を
一つ目安に考えると良いかもしれません。
基準としてスペインだと
・ハモンセラーノ(三元豚)6か月屠畜は7-14か月熟成。
・ハモンイベリコセボ(放牧をしてないランク)12か月屠畜は24か月熟成。
・ハモンイベリコベジョータ(放牧している)14か月屠畜は36か月熟成。
・純血統ハモンイベリコセボデカンポ(放牧しつつ餌も与えてる)17か月屠畜は30か月熟成
・純血統ハモンイベリコベジョータ(放牧している)17か月屠畜は36-40か月熟成。
生育期間は?品種と血統は?飼育環境は?
この辺りにこだわると、ほかの熟成生ハムと一味違う目標を立てられますね!(もちろんどれもハードル高い!!)
逆にどんな熟成生ハムの完成形を目指しているかで原料の豚肉をチョイスしても良いかも!
第二~第四はまた後日にでも。
アディオス


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