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『日本流通史』『日本近代社会史』を書き終えて

こんにちは、有斐閣書籍編集第二部です。
 

 昨年12月に『日本流通史』が,今年4月には『日本近代社会史』が刊行となりました。そこで、両書の刊行にあたって、それぞれの書籍の著者である満薗勇先生松沢裕作先生に,対談を行っていただきました。


 この対談の本編は『書斎の窓』2022年7月号に掲載される予定です。ここでは、その本編に先立ち、紙幅の関係で、『書斎の窓』に収めることができなかった部分を掲載します。


◆テキストづくりについて

――今回、松沢先生、満薗先生それぞれに通史と言いますか、概説的なものを書いていただきました。お一人で、こうした本を書かれるのは初めてのことだったと思いますが、テキストづくりに関して、何か感じたことや気づきはございましたか。
 
松沢 満薗さんの本には、本文とは別に「解説」というコーナーが、たくさんありますよね。これは、すごくお役立ちだと思うんですけど、なぜこんなにいっぱいできたんですか。
 
満薗 編集者の人に言われたからですよ。今回、松沢さんの本と比べると、私の本のほうが親切なテキストだと思います。練習問題もつけていますし。これも、編集者の人の指示なんです。
 
 今回、本をつくっていて思ったのは、本は普通、前から後ろに向かって順番に読んでいくんだけど、つくり方によって、いろいろな可能性があるんだなということでした。
 
 「解説」コーナーも書くと決めたら、結構楽しかったです。のびのびと脱線できるというか、言いたいことは「解説」に書けるという感じです。本文は一応スタンダードに勉強してほしいと思う枠組みは外さないように考えるんです。研究書だと全然違うんですけど、通史として流通史を学ぶのであれば、こういうことを、こういう枠組みで、こういう順番で勉強してほしいというのがあります。
 
 だけど、どうしてもはみ出して言いたいことがいろいろあるので、それがうまく収まる枠としてすごく楽しかったです。最後に追加してワーッと書いたんですけど、ほっといたら、もっと書いていますね。50個、60個は書いていたんじゃないかと思います。だけど、あんまり書きすぎると、言っちゃいけないことというか余計なことを書いちゃいそうでしたので、30個にしておきました。
 
松沢 載せられなかった「解説」コーナーの部分だけ別売りにしたらいいんじゃないでしょうか。あるいは、ウェブサポートとかね。サポートにならないかもしれないけど(笑)。
 
満薗 余計に迷子になってしまって困っちゃうかもしれない。
 
松沢 迷いたい人のために。
 
満薗 でも、楽しかったです。
 
松沢 満薗さんの本が親切テキスト仕様なのは間違いないと思います。私の本は、ただひたすら私がしゃべってる感じですよね。
 
満薗 そうそう。松沢節を拝読するという感じです。
 
松沢 今、聞いていて面白かったのが、すごく書き手の質があるんだなということです。私は脱線を書くのが嫌なんですよね。なるべく脱線しないようにして、すべてを本文に位置づけてしまいたいという欲望がとても強いんです。私は、これだけの「解説」を書くことになったら、ものすごくつらいだろうと思います。絶対楽しく書けないだろうし、本文に埋め込んだときのほうが快感なんですよね。
 
満薗 それはでも、社会史だからじゃないですか。スタンダードがないという。
 
松沢 ああ、なるほどね。
 
満薗 ある種自由じゃないですか。既存のイメージが全然ない分野というか、松沢さんの中で完結していればいいんです。
 
松沢 ただ、それも割とすごいことで、もちろん社会史って、どこの国でも茫漠とした言葉であるけれども、自分で言うのもなんだけど、こういう本ってないじゃないですか。
 
満薗 ないです。
 
松沢 割とびっくりするようなことだと思うんですよ。
 
満薗 なかったということがですか。
 
松沢 うん。だからスタンダードがないんです。この本も、別に「社会史」という名前をつけなかったとしても、何でもいいんです。こういうふうなことについての概説書はないわけじゃないですか。政治史や経済史の概説書はあるけれど、社会史はないわけです。

◆執筆の背景

――お二人は、いつかこういう本を書きたいと思われていたのでしょうか。
 
満薗 学部生、院生の頃には思ってないかもしれません。少なくとも「日本流通史」というタイトルの本を自分が書くことになるとは思ってなかったはずです。でも、博論本(日本型大衆消費社会への胎動――戦前期日本の通信販売と月賦販売東京大学出版会、2014年)を書いた後、書かなきゃダメだなと思っていました。

松沢 そうですか。私は、博論本(『明治地方自治体制の起源――近世社会の危機と制度変容』東京大学出版会、2009年)を書いた後の段階では、こんな本を書くとは露ほども思ってなかったですね

満薗 だって経済学部に就職するとも思ってないでしょう?

松沢 まったく思ってなかったね。他にもいろんなことを。教科書的なものを書く人生になるとは思っていなかった。

満薗 だって、「概説は書きません」と、昔、宣言されていたって先輩から聞きました。

松沢 通史ね。

満薗 通史か。これは通史じゃないですか?

松沢 通史みたいなものだよね(笑)。

満薗 どこかで変わっちゃった。

松沢 どこかで変わったね。

満薗 それは歴史学の置かれた状況ですか?

松沢 歴史学の置かれた状況でもあるでしょう、歴史学という内部、狭い意味での歴史学の業界事情もたぶんありますよね。

満薗 もうちょっと上の世代がこういう本を書いとけよ、とかですか。

松沢 うん、ある。あるし、ちょっと話が戻りますけど〔『書斎の窓』2022年7月号参照――編集部注〕、文学部の教育にしても、昔はこれでいいんだと思っていたけど、今思えば、あまりに体系化されてなさすぎだろうという部分がなくはないわけでしょう。

満薗 うん。いきなり史料を読まされますしね。

松沢 いきなり史料を読まされて、読めないと怒られるみたいな(笑)。こういうふうに考えるようになったのも、経済学部で教えるようになってからかもしれません。

満薗 はい。

◆今後の研究テーマについて

――最後に、今後のことを少しおうかがいしたいのですが、これから取り組んでみたいと考えている研究テーマなどについて、お聞かせいただけますか。

満薗 今回、『日本流通史』というテキストを書いて、一区切りと言うと、大げさなんですけど、「流通史とはなんぞや」みたいなことは、これで肩の荷が下りたところもあります。もちろん、自分の中で小売業の歴史について研究したいことはいろいろありますし、商店街の研究も、もう少し進めていきたいと思っています。他方で、今後はもう少し自分が勉強し始めた頃の問題関心に戻って、消費をめぐる日本の現代史について研究を進めていきたいと思っています。

松沢 いやあ、今、本当に困っていて、この本が4月に出て、5月には研究書(『日本近代村落の起源』岩波書店、2022年)が出るんですけど、はっきり言って、燃え尽きなんですよね。もういいかなという感じになっていて(笑)。なんか人生最低限のことはやり終えた気分になっているんです。そりゃあ、そうですよねという感じなんですけど。

 もう少し真面目に言うと、さっきも話題になりましたけど、安丸通俗道徳論です。安丸さんが通俗道徳論を書かれたのは高度成長期です。安丸通俗道徳論が高度成長期を背景にしていたことをいったん考えたうえで、今の社会の中で通俗道徳と呼ばれるようなものをどういうふうに位置づけていくのかは、また別の見方ができるんじゃないかと思っています。それが、中期的にみて、次の課題なのかなとは思っています。これまでに論文として出しているもので、広い意味での福祉・社会保障に関する研究がありますが、これらはそういう枠組みで考えていくのかなと考えています。

――ありがとうございました。

(2022年4月1日収録)

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