見出し画像

【短編小説】秋桜と落ち葉 #シロクマ文芸部

秋桜あきさくらって、なに?」

と、5歳の娘に聞かれる。秋と桜の漢字が読めるのかと驚きつつ、「それはコスモスって読むんだよ」とぼくは答える。娘が持っているのは、「秋桜」という曲の入ったCDだ。借りていたんだっけ、あの子に。とぼくは思い出す。

キタジマアキとぼくは、中学三年間だけの付き合いだった。恋人としての付き合いではなく、たまたまクラスがずっと同じだっただけ。だけど三年間ずっと、ふたりでクラス委員を務めてきたのは、たまたまと言えるのだろうか。その事実を、クラス替えで知り合った仲間は、意外と知らなかった。

ぼくとキタジマは、いつも立候補するわけではなく、半ば強制的に推薦されてしまうのだった。 誰かがぼくを推薦すると「じゃぁ、副委員はキタジマだな」と声があがり、キタジマが推薦されると、その反対になるのだ。

キタジマは少し男勝りな部分もあったけれど、そういうことを面倒に思う性格じゃないようで、すんなりと受け入れる。ぼくはどちらかというと争い事が面倒なので、はいはい、 と受け入れる。それを見抜かれていたのかなと、今となっては思う。

車のシートから出てきたCDを娘はカーオーディオに入れた。今日は動物園に行く予定だ。

「なんのCD?」と娘が聞く。

「お父さんの思い出のCDだよ」

そのCDは秋の文化祭の一週間前に、借りたはずだ。そのさらに一週間前に男友達とカラオケに行ったとき、友達がその歌手の歌を歌った。それがやけに印象的だったことをクラス委員の集まりのときに、キタジマに話したのだ。

「あ、アタシも好きだよ。 貸してあげよっか?」

キタジマはぼくにそう言った。「マジで? ありがとう」と返すと「じゃぁ、家来て? 一緒に聴こう?」と言う。女子の家に誘われたことのないぼくは、平常心を保てずにいたけれどなんとか「あぁ、わかった」と答えた。

半日で学校が終わったその日、家に帰ると着替えてすぐに、キタジマの家に向かった。彼女を好きだと思ったことはないはずだが、何故だかドキドキが止まらない。

キタジマの家に着くまでの道に、紅葉と落ち葉が綺麗なコントラストになる道がある。そこはあまり車が通らない。ぼくは道の真ん中で、 落ち葉をクシャクシャと踏んだ。それがやけに心を落ち着かせた。

キタジマの家に着いて、深呼吸をして呼び出しボタンを押した。

「はい」

キタジマの声がした。

「あ、来たけど」

名前も告げずに、ぼくがそう言うと「いま行くー」と、キタジマは答えた。「くー」の部分の言い方に、ぼくはハッとする。すげー可愛い。胸の奥で音がするけど、それが何なのかはわからない。少し苦しい。玄関のドアが開いてキタジマが出てきた。

「こっち来て?」

手招きした方向にガレージがあった。キタジマはそこに置いてある車に乗り込んだ。ガレージのまわりにはコスモスが咲いている。窓を開けたキタジマが、「乗って?」とぼくに言う。

「親父さんのじゃないの?」

中学生が車を持っているわけはない。ぼくの質問も的外れだと気付いたけれど、キタジマは 「そうだよ、ここで聴こう?」とぼくを助手席に導いた。ぼくは言われるがままに、車に乗り込んだ。キタジマは、運転席のシートをずらして、その下に手を伸ばした。

「ここにあるから」

手を伸ばしてCDを取ると、ケースを開けて、オーディオプレーヤーにそれを入れた。 曲が流れ始める。

「なんで、そんなところにあんの?」

いきなりガーガーと鳴るエレキギターが、心に刺さる。音量を少し下げて、キタジマは言った。

「そんな音楽ばっかり聴いてると、不良になるってオヤジに言われたからさ、ムカついたんだよね。だから、ささやかな反抗」

親父さんの車の中にCDを忍ばせて、密かにそれをかける、ささやかすぎるけれど、それは痛快な気もした。ぼくはキタジマにドキドキしていたことも忘れ、なんだか心がふわっと 和らいだ。

「じゃぁ、俺もさぁ、これ、大人になったら、車の中に忍ばせるよ」

「えー、でもさ、大人になったら、誰に反抗するわけ?」

「あ、そうか。できればムカつかずに生きたいもんな」

「うん、そうだよ。ムカついていいのは、若いうちだけだよ。ムカついてばかりの女は男に愛されないからさ」

ムカついてばかりの女は男に愛されないのか。 ぼくは、ささやかに反抗しているキタジマを今は愛せるような気がしているけれど、大人になると変わってしまうのだろうか。そんなことを考えた。

「もし、ムカついてばっかりだったら、俺が愛してあげようか」

その言葉は、本当に自然にこぼれた。ちょうど、エレキギターのガーガーとなる曲が終わ って、ピアノの旋律が綺麗なバラードが流れ出したところだ。

「この曲、いいね」

キタジマがそういった曲のタイトルは「秋桜」といった。ガレージのまわりのコスモスがなんとなく優しく揺れてる気がする。きっと大人って、こういうときにキスとかするんだろうってぼくは思う。思うから、キタジマの顔を見ないでいると、キタジマは、「ムカついたら、落ち葉をクシャクシャ踏みまくるよ」と言って、わざとらしく笑った。

今なら少しわかる。ムカついてばかりの女を、愛するのは大変なこと。 けれど、ムカつかせてしまうのも、自分の至らなさだと。それでも、キタジマ、俺は、落ち葉をクシャクシャ踏みまくるような女に、惹かれていってしまうんだよ。

動物園についたころに、「秋桜」の曲が終わった。車を停めた駐車場には、綺麗な紅葉が広がる。落ち葉のコントラストがあの日のように色づいている。車から降りた娘は待ちきれずに駆け出す。彼女がその上をとび跳ねるび、クシャクシャと落ち葉は、鳴いた。



シロクマ文芸部への投稿です。
落ち葉をクシャクシャするのが、やたらと好きだったときがあったものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?