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【発想法】 たった2つの操作でアイデアを創る方法

博士課程学生の筆者は、創造性の育成を研究テーマの中心においている。創造の第一歩は新しいアイデアを思いつくことだ。筆者自身も、ソフトウェア開発者としてさまざまなソフトウェアを開発したりコンテストに出したりするために、常にアイデアを探し続けてきた。全国あるいは世界規模のコンテストで賞をいただいたことも何度かあるので、それなりに新規性のあるアイデアを生み出すことは得意な方だと思う。

私が普段意識している発想法はたった2つの操作を繰り返すというとてもシンプルなものである。この「操作」とは頭の中で行う思考の手順のようなもので具体的には次の2つだ。

  • Merge 複数の概念を融合する

  • Modify パラメータを変更する

本稿ではこれらの操作をどのように使ってアイデアを作るのかを紹介する。


アイデアとはなにか?

アイデアは創造的産物の種とでも言えるものである。あなたが最終的に作らなければならないのは創造的産物である。それは音楽や絵画、文章であるかもしれないし、ビジネス,新商品かもしれない。アイデアはそれらの出発点となるもので、「小さな星で独りで暮らしている王子の小説」だとか「Web検索機能がついた電話」といった(これらのアイデアは今では既に知られているのでアイデアになり得ないが発明される前の人類にとっては革新的なアイデアであろう)、主要な特徴を表したものである。音楽や絵画と非言語なものを創るときにはそのような一言で表せるようなアイデアを持っていないことが普通かもしれないが、似たようなものが脳裏に浮かんでいるはずである。

創造性とアイデア・創作的産物の関係

良いアイデアには次のような性質がある。

  • 新規性がある

  • 実現可能性がある

  • 社会(クライアント・上司)からのニーズがある

  • 普遍性がある

これらの性質を持ったアイデアを生み出すことを目指すのが重要である。まず、あなたが既に聞いた話と全く同じことを言っているのだとすれば、そこにあなた自身にとっての新規性はない。あなたにとって新しいアイデアであったとしても社会的に既に実現されているものであれば、そのアイデアを実現しても大きな意味は感じてもらえないだろう。また、実現不可能なアイデアは「没案」なので良いアイデアとは言えない。新規性のあるアイデアであれば、他者からのニーズの半分は満たしているが、社会から強いニーズがあれば問題解決につなががったり、富や名声が得られる可能性を秘めた良いアイデアといえるかもしれない。普遍性があるアイデアを作るのはとても難しいが、バッハの音楽のように何百年も受け継がれるような作品を創るアイデアは当然素晴らしい

しかし、良いアイデアを生み出そうとするのは間違いである。アイデアを生み出す能力である創造性にはBig-Cとlittle-cがあると言われている。これに基づけばBig-C的なアイデアは社会を動かすような大きな発明の種となるアイデア、little-c的なアイデアは自分にとっては新しいが必ずしも社会にインパクトを残せないアイデアということになる。当然、良いアイデアはBig-C的なアイデアだ。では、アイデアが社会的に大きな影響を与えるかどうかを「いつ」「どの段階で」「誰が」判断するのか。未来がアイデアの良し悪しを決めるのである。

一方は、社会的に大きな影響を与え「創造的」との社会的評価が定着した創造者や創造的産物に関する研究でBig-C(大文字の創造性)の研究の流れである。

他方は、ふつうの人の日常生活での工夫・発明や個人的成長なども一種の創造性とみなし、これを対象にするのがlittle-c(小文字の創造性)の研究の流れである。ここでの創造性は、程度差はあっても、潜在的に誰もが有していると想定されている。

奥正廣「Big-C、little-c」日本創造学会 (https://keyword.japancreativity.jp/applied/big-c・little-c/)

そもそも、Big-Cとはlittle-cの一部(サブセット)であると言える。アイデアについても同じだ。全てのアイデアは最初はただの「アイデア」に過ぎないが、それを実現して社会的な評価を受けることで成功を収めると「良いアイデア」「イノベーション」などと呼ばれるのである。故に、アイデアを出す段階で良いかどうかに固執すべきでないし、それを評価することもできない。

Big-Cはlittle-cのサブセット

創造とは変形である

創造はゼロからつくることだと思われがちだが、全ての創造は例外なく先行概念の変形であると考えている。よく「巨人の肩に乗る」と表現されるが、先人が積み重ねてきたことをベースに、それに少し手を加えることが発明なのである。たとえば発明家として知られるエジソンはゼロから電球を発明したのだろうか。それは当然否であって、彼の発明の前には次のような先行研究が存在した。

  • 電気で光を得る装置としてはハンフリー・デービーが1808年に創ったカーボンアーク灯が世界初の例(Wikipediaより

  • 真空中で炭素フィラメントを使用した電球をジョセフ・スワンがエジソンの数年前(1870年代)に発明したと言われている(Wikipediaより

エジソンの発明は、「フィラメントを耐久性のある素材に変形」した点である。巷で言われている「電球の発明」よりは随分小さな貢献になってしまったが、この変形が電球をはじめて商用利用可能にしたのは事実だ。変形に過ぎないとしても偉大な発明であると言えよう。

ここまで説明しても「芸術家はどうなのか?」「モーツァルトは天才じゃないというのか」という指摘を受けるかもしれない。確かに芸術は研究などの例のようにアイデアを言語的に変形するのが難しいかもしれない。しかし、こうした芸術家の創造性についても基本的には変形である。仮にピカソが縄文時代に生まれていたらキュビズムは生まれていなかったかもしれないし、そもそもキュビズムの礎はセザンヌが最初らしい。芸術も例にもれず、先人の積み重ねを変形することが創造なのである。

本稿で提案する発想法では、変形に着目してアイデアを創る。次章では、具体的にどのように変形をしていけば良いのか、簡単に、誰にでも再現性のある変形方法を紹介したい。

ちなみに余談だが、筆者らは数学の問題を変形することでlittle-cを育成する手法を提案(Fukui, M., & Sasaki, Y. 2022 Jun 18. Proposal of a small-c creativity cultivation method with modified problem-posing for use in computer studies education. DATTArc. [Online])しており、少なくとも変形のトレーニングが創造性に関連することがわかっている。

発想のための操作

既に存在するモノ・コトを変形することで新しいアイデアを生み出すこの手法において、変形の操作は2つだけである。ひとつずつ解説する。ここの例では没案にしかならないようなアイデアを書いているががっかりしないでほしい。前に述べたようにBig-Cはlittle-cを無数に生み出せばどこかに紛れ込んでいるのである。なお、無数に生み出したlittle-cの中からスジが良さそうなものを見つける方法については後述する。

  • Merge 複数の概念を融合する

  • Modify パラメータを変更する

変更操作は2種類

Merge

複数の概念をひとつにまとめて新しいアイデアを生み出す手法である。たとえばスマートフォン(iモードかもしれないが)の発明を例にすると次のようになる。よくある手法なので使っている方も多いだろう。

携帯電話
+
ウェブ閲覧機能を持つPC
↓
ウェブ閲覧機能を持つ携帯電話

Modify

二つ目の操作がパラメータの変更である。簡単な例として「苺ケーキ」を変形して新しいお菓子を作ってみよう。パラメータとは、変数のことで変更可能な部品だと思ってかまわない。苺ケーキをパラメータ毎に括弧で区切って表記すると次のようになる。

*** 苺ケーキをパラメータ毎に括弧で区切る ***

(苺)(ケーキ)

苺とケーキの2つの部品で構成されていることがわかる。この部品を自由に変更すればいくらでもアイデアが生まれるのだが、最初は1ステップ追加してそれぞれの部品の条件を考えておく。「苺」と「ケーキ」のここでの役割は「トッピング」「お菓子の種類」といったところで良いだろうか。「トッピング」ではなく「フルーツ」などにしても発想の方向が変わってくるので工夫のしどころである。では改めて役割名で表記する。

*** 苺ケーキのパラメータを役割名で表記 ***

(トッピング)(お菓子の種類)

ここまで来れば新商品のアイデアは無数にわいてくる。「トッピング」と「お菓子の種類」を色々と入れ替えて様々な新商品を考えてみよう。

(苺)(ケーキ)
(トッピング)(お菓子の種類)
↓
(苺)(タルト)
(苺)(クッキー)
(バナナ)(ケーキ)
(チョコチップ)(ケーキ)
(ブランデー)(ケーキ)
(ワイン)(ケーキ)

これだけでも色々なアイデアがわいてきそうだが、パラメータが2つしかないので全く新しいことを思いつくというのは難しい。そこで隠されたパラメータの追加を行う。隠されたパラメータとは、当たり前ゆえにあえて言語化されていなかった情報である。「苺ケーキ」なら「甘い」「洋風の」といったパラメータがそれに当たる。

*** 苺ケーキをパラメータ毎に括弧で区切り、隠れたパラメータを追加 ***

(甘い)(洋風の)(苺)(ケーキ)

これを先ほどと同じように入れ替えてみよう。

(苺)(ケーキ)
↓
(甘い)(洋風の)(苺)(ケーキ)
↓
(甘い)(和風の)(苺)(ケーキ)
(苦い)(中華風の)(トマト)(クッキー)
(辛い)(和風の)(ショウガ)(タルト)

すこしそれっぽいアイデアが出てきたような気がするのでは無いだろうか。和風苺ケーキなどは上手く実現すればヒット商品になるかもしれない。

発想の手順

MergeとModifyの組み合わせによって新しいアイデアを数多く生み出していく方法を前に述べた。これらを使ったアイデアメイキングの全体像を発想の手順としてまとめる。手順は次のようになる。

  1. 起点となる概念を用意する(例「苺ケーキ」)

  2. 概念をMerge(融合),Modify(変形)して新しいアイデアを作る

  3. 新しいアイデアをMergeしたり、さらに別の概念を追加して2に戻る

  4. 2と3を十分に繰り返して出てきた多くのアイデアの中から良いものを選ぶ

ここまではお菓子屋さんの新商品開発をイメージして例を出した。そのためアイデアの起点となる概念には既存の商品である「苺ケーキ」を設定した。この部分はどのようなアイデアを作りたいかによって変わってくるだろう。また、変形する際にはアイデアの善し悪しを考えずとにかく多くのアイデアを出すことが重要である。とはいえ、スジの悪いアイデアばかり出しても仕方が無いので後述の評価方法を参考にスジの良い変形を行う訓練は必要だろう。

また、「苺」と「ケーキ」はどちらもパラメータになり得るが、あなたの目的によってはどちらかを固定した方がいい場合もある。たとえば苺の扱いや調達に強みを持っているなら「苺」の部分を固定した方が良さそうである。

アイデアの評価

この方法ではアイデアが無数に生まれる。そのなかで社会にインパクトを与えるような、あるいは利益をもたらすようなアイデア見分けることは難しい。しかし、ある程度、スジの良さそうなものを見極めて選択することは必要である。良いアイデアの条件を再掲する。

  • 新規性がある

  • 実現可能性がある

  • 社会(クライアント・上司)からのニーズがある

  • 普遍性がある

アイデアメイキングの段階で特に重視したいのは新規性と実現可能性、社会からのニーズである。普遍性はハードルが高いためここでは扱わない。無数に生み出したアイデアから実現に向けた1つのアイデアに収束させる方法を考えよう。

まずは新規性を追い求めてみるのが重要である。少し変な変形を行ってみることで新規性が上がりやすい。たとえば「苦い中華風のトマトクッキー」は明らかに新規性は高そうである。

新規性の高そうなアイデアを見つけたら実現可能性を検討する。このとき、「苦い中華風のトマトクッキー」というアイデアをもう少し具体化する必要がある。中華風とはどういうことか、トマトクッキーとはトマトの形をしたクッキーなのか、トマト味のクッキーなのかといった具合だ。「苦い中華スパイスを使ったトマトを含むクッキー」であれば実現は可能そうである。

そして、社会からのニーズを検討する。「苦い中華スパイスを使ったトマトを含むクッキー」では、正直なところ売れなさそうなので社会からのニーズは無さそうだ。ここで新規性を保ったままニーズが生まれそうな修正を加えてみよう。「辛い中華スパイスを使ったトマトを含むクッキー」ではどうだろう。市場は小さいかもしれないが好きな人はいるかもしれない。

このように、とにかく多くのlittle-c的アイデアを生み出し、その中から新規性、実現可能性、社会的ニーズの観点で評価し絞り込みや調整を行う。このようなプロセスによって、独自性が高く価値のあるアイデアにたどり着くことができる。

結論

既存の概念に対してMergeとModifyを繰り返し行っていくことで価値ある新しいアイデアを思いつく方法を紹介した。良いアイデアを直接生み出す方法はないが、多くの小さなアイデアがあればその中のいくつかは良いアイデアのポテンシャルを秘めている。提案する発想法は、できるだけ多くの小さなアイデアを思いつくことで良いアイデアが含まれる確率を上げようというアプローチである。

このような行き当たりばったりの発想法は問題解決にならないのではないかという疑問もあることと思う。確かに、現状を知り、分析しそれを解決するための手段としてのアイデアを出すことも重要である。しかし、それだけでは問題が解決できても飛躍が必要な面白くて競争力のあるアイデアは出てきにくいのではないかと思う。本手法では、「パラメータを変更しなければならない」という制約の中で自由に言葉を入れ替えるため突飛な発想が出やすいのではないかと考えられる。実際に本手法を利用する場合には、問題解決型の思考と組み合わせて使うことも有効であろう。

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