見出し画像

【作品紹介】W.A.モーツァルト コシ・ファン・トゥッテ〜①導入編〜【オペラ】

ということで、記念すべき第一本目はこちらです。
早速あらすじ入っていきたいと思います。

あらすじ

舞台は18世紀のイタリア・ナポリ。
この非常にややこしい悲喜劇はとあるカフェで3人の男たちの言い合いから始まります。
若い士官のフェランドとグリエルモは老哲学者ドン・アルフォンソを言い負かすのに必死です。
議題は「女性の貞節とはいかなものか」
自分の許嫁を信じたい若者2人と、女を信じられない老人。
言い争いはついに賭けに及びます。
若者2人が出兵したフリをして変装、お互いの許嫁を交換して互いに誘惑してみようというのです。
許嫁が落ちればドン・アルフォンソの勝ち。
靡かなければフェランドとグリエルモの勝ち。
とんでもないことを言い出してくれるものです。

場面は変わって海辺の別荘。
仲のいい姉妹、フィオルデリージとドラベッラがお互いの許嫁の絵姿を見せ合いながら恋バナに花を咲かせています。
そんな恋人たち4人と、頑固な老人と、老人に唆されて賭けに協力する姉妹の小間使い・デスピーナの6人。
果たして賭けの行方は。。。

登場人物紹介

以下はキャラクターの紹介です。
声部順か役割順か迷ったので
登場順に書いていこうと思います。

フェランド

声部:テノール
青年士官。ドラベッラの許嫁。変装してフィオルデリージを誘惑する。

グリエルモ

声部:バリトン
青年士官。フィオルデリージの許嫁。変装してドラベッラを誘惑する。

ドン・アルフォンソ

声部:バリトン
老哲学者。フェランド・グリエルモの友人。若者2人を焚き付けた張本人。

フィオルデリージ

声部:ソプラノ
ナポリに住むフェラーラ出身の姉妹(姉)。グリエルモの許嫁。

ドラベッラ

声部:ソプラノ
ナポリに住むフェラーラ出身の姉妹(妹)。フェランドの許嫁。

デスピーナ

声部:ソプラノ
フィオルデリージとドラベッラの小間使い。
ドン・アルフォンソから賄賂を受け取り3人の賭けに加担する。

物語の深掘り

こちら結論から申し上げますと、姉妹二人とも入れ替わった男性陣の誘惑に陥落します。
あいや、ググれば出てくることなんで書いちゃいますけど
「そんな簡単に心変わりするなんて姉妹クズじゃん!」って思ったそこのあなた、落ち着いて最後まで聞いてほしいです。
一応作中では「みんな許しあいましょう」と言って和解という結末になります。

作品の背景

まず改めてこちらのオペラ作品
1790年にW.A.モーツァルトが作曲。
オペラ台本はロレンツォ・ダ・ポンテ。
この2人のタッグ作品は他に「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」の2作があって、本作が3作目になります。
あらすじを読んでとんでもない話だと思った方、まさにその通りで、本作はモーツァルトが生きていた初演当時ですら内容が不謹慎すぎると大コケしています。
(前述の2作は大ヒットしたのにも関わらずです。)

正式タイトルは「COSI FAN TUTTE O SIA LA SCUOLA DEGLI AMANTI」
一般的にタイトルの先頭を切り出して「コシ(コジ)・ファン・トゥッテ」と呼ばれていますが、タイトルを日本語訳すると「女はみなこうしたもの あるいは 恋人たちの学校」です。
この「女はみなこうしたもの」というパンチラインは作中何度も登場するこの作品の主題になります。
注目してほしいのは、「女はみな『心変わりする』もの」と言い切っていない点です。
キャラクター名を使用している他の2作と比べてみても、ずいぶん抽象的なタイトルですよね。

更に後半部分「恋人たちの学校」ですが、第三者目線からすれば男女ともに学びがある作品ということになります。
何が言いたいかというと、この作品の登場人物を男性・女性という二極化した視点で
「どちらが悪い」と断じないでほしいんです。
「どちらも悪い」んです。そして「どちらも気付きがあって成長できる」物語なんです。

改めて1790年という数字に注目してください。
フランス革命は1789年に開始しました。
ヨーロッパ世界でそれまで当たり前だった貴族社会の崩壊とともに公開されたのがこの作品になります。
当時を生きていた人々の意識の中に(当時のオーストリア皇帝はマリーアントワネットの兄ですし)「今までとは何かが変わる・今までのままではいられない」という意識がにじみ始めた時代です。

作中の時系列について

オペラ作品は主に「ある1日のできごと」を描くことが多いです。
なのでこの作品の場合、冒頭のカフェのシーンからフィナーレの和解のシーンまでが24時間以内のこと、とされることが多いのですが
今回はメタ的な視点で掘り下げていきたいと思います。

この作品、モブの出番が多いんですよ。
コーラス曲は3曲だけなんですが、ト書きで群衆の登場シーンがすごく多い。
それ以外にも、人手を使わないとリアルには成しえないシーンがとても多いんです。
出兵、変装した男たちとの邂逅、入れ替わったカップルの結婚式。
電話どころかラジオもない時代です。人を大勢集めて仕事をさせるってだけで現代と比べてかなりハードルが高いってこと、分かりますか?

つまりこの賭けは時間をかけて用意周到に準備された「姉妹を騙すための舞台」だったということです。
冒頭のカフェのシーンから、姉妹が登場するまで物語の中では少なくとも1か月は経過しているんじゃないでしょうか?
それだけの期間疑心暗鬼でい続けたフェランドとグリエルモの2人も
まっとうな精神状態ではなかったと思うんです。

姉妹のキャラクターについて

この作品、明言されている登場人物の情報も少ないです。
原作がない作品(つまりモーツァルトとダ・ポンテの完全オリジナル)であることも一因かもしれませんが、にしても少ない。
だって、楽譜の中ではフィオルデリージとドラベッラのどちらが姉でどちらが妹かも書かれてないんですもん。
代わりにあるのが「フェラーラ出身でナポリ在住」だけ。
不自然ですよね?
逆に言えばこの「土地」というのが2人のキャラクターを表すのにとても重要だということになります。
(姉妹の順ですが、メロディラインと発話の順から、一般的にフィオルデリージが姉とされているので、今回そちらに遵守します。)

まず姉妹の出身地であるフェラーラ。
こちらイタリアの北部に位置していて、モーツァルトの時代はローマ教皇の統治下にありましたが、以前はある侯爵家が400年に渡って統治していた土地だそうです。
封建制度が長く下地として存在する地域出身でナポリに別荘がある家って、かなりのお金持ちの家出身のはずなんですよこの姉妹。
現に、小間使いが当時高級品のココアを朝食に運んできて
それをひっくり返すことになんの躊躇いもないですからね。
と、すると今回の作品最大の謎があります。
「そんなにいい家の嫁入り前のお嬢さん達が、なんで保護者無しで別荘にいるの?」
そもそもドン・アルフォンソとフェランド、グリエルモ(おまけにデスピーナ)に姉妹のテリトリー内でこんなに好き勝手されることがおかしいんですよ。

物語の最後に結婚式を挙行する辺り、デスピーナ以外の使用人も全員買収されていたんでしょうね。
そのうえで両親の不在は、許嫁のフェランドとグリエルモが姉妹の両親から相当信頼されていたと見ます。
強い言い方をすると「なんとしてでも姉妹と結婚させたかった」。
フェランドとグリエルモって、ただの一兵卒じゃなくて士官つまり貴族なんですよ。
姉妹には、家を継げる男兄弟がいなかったんじゃないでしょうか?
姉は婿を取って家を継ぎ、妹は嫁に行って女主人として身を立てる。
そう考えると、姉妹の極端な性格差もそう見越して育てられたと捉えれば自然です。
そのうえどちらも相手はそれなりの身分。。。と言いたいところですが、血筋はよくても、そもそも軍務につく時点で士官2人も次男以下のいわゆる「次期当主のスペアの子」だったのではないかと推察します。
だから何としてでも姉妹と結婚して
「家の主になるor高額の持参金をもらって身を立てる」必要があった。

でもこれ、結構、男性としてプライド傷つきませんか?
当時の封建社会の歪みですよね。
生まれながらに社会全体のヒエラルキーの上部にいられても
ピラミットの頂点の中では底辺で、戦争で戦果を挙げて一代で家を興すなんて一発逆転を狙うよりも、実家の太い女性と結婚した方が安パイ。
フェランドとグリエルモ二人とも、無意識に自分たちの許嫁に対して猛烈なコンプレックスを抱いていたんじゃないでしょうか。
だから、試し行動に出た。
これで勝てれば、許嫁が自分だけを愛してくれる証拠が得られれば、姉妹のルーツの上で安定した生活を送る未来に安心できるから。

その視点で考えると、友人といいつつ婿養子と嫁をもらう側でビミョーに立場に差ができるんですよね。
作中でもグリエルモがフェランドを上から目線で諭すシーンがあるんですが、これ本人の生来のプライドの高さに加えて慢心が透けて見えていたんじゃないでしょうか。

そんな歪な関係に、ドン・アルフォンソは気づいていた。
だからフェランドとグリエルモの一番の不安に付け入って
全部をはっきりさせてやろうと賭けを持ち掛けた(この賭けを最初に明言したのはドン・アルフォンソです)。

これが、そもそもの物語の発端だと、私は考えています。
この前提の下で次の記事以降で登場人物それぞれについて更に掘り下げていきたいと思います。
多分この複雑な話を解きほぐすヒントは
「誰が一番悪いか」じゃなくて「誰が一番可哀想か」

長々とお付き合いいただきありがとうございました!
フォロー・いいね・コメント等いただけると大変やる気につながります。
次の記事もどうぞよろしくお願いいたします!

参考文献

オペラ対訳ライブラリー モーツァルト コシ・ファン・トゥッテ 第17刷
ベーレンライター版 モーツァルト Cosi fan tutte

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?