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時空を超えた旅52「アヤワスカの儀式」


儀式が始まった。
私は祭壇の左側にいた。

真ん中から、
マテウス、レベッカ、そしてジェシカ、コエーリョ、私・・・ミゲル、マルシア、アラン。

反対側には、マテウスの向こうにフェリッピ、パウロ、そしてヒッカ、アリアニ、ヒカルド、ジウマー。

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あんなに楽しみにしていたパウロの姿がなかった。午後にはカポエラで使う楽器を取り出して準備までしてたのに、

夕方から急に血圧が上がり、薬を飲んで休んでいるけど、今日の儀式には参加できなさそうだと誰かが言った。

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儀式を始める前に、
シャーマンのマテウスが言った。

「僕があなた方のことを知るためと、儀式の目的を明確にするために、簡単な自己紹介と、
どうして儀式をしたいのか、アヤワスカに何を求めるのかを話してくれるかな。

これは僕にだけじゃなくて、アヤワスカの精霊に宣言することにもなる。」

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そしてシャーマンの右隣から順番に、ひとりずつ話していった。

私の番が回ってきた。

私は、初日にみんなにしたのと同じ自己紹介と、その後の滞在の中での出来事と、
儀式をすることになったいきさつを話し、

自分が何者なのか、これからどう生きていけばいいのか、知りたいと話した。

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儀式は、レベッカが太いホワイトサルビアの束に火をつけ、大量の煙でその場と薬草や器具を浄化するところから始まった。

そして、

マテウスとレベッカの二人が祭壇の前に出て祈りを捧げ始めた。それはシャーマン自身の浄化のように見えた。

席に戻ったシャーマンは、

アヤワスカの液体をシリンダーに入れると、
正確な量を測ってはまた違う器にそれを移した。

そして順番に一人ずつ自分のコップを手に持ち祭壇の前に進み出ると、そこへひざまずきコップを差し出す。

シャーマンは、受け取ったコップにアヤワスカの液体を入れ、今度はそのコップの中に、
声と共に息を3回ほど吹きかける。

とても独特なインディアンのやり方に見えた。

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待っている人は、すぐ横に置いてある、ホワイトサルビアの煙を自分の体にかけたりして、

アヤワスカの入ったコップを手渡されたら、
その甘酸っぱい味をなるべく感じないように、一気に飲み干し、そして自分の席に戻る。

全員が1杯目のアヤワスカを飲んで席に着くと、全ての電気が消されて真っ暗闇になった。

それから、みなじっと自分の席に座ったまま、
アヤワスカの効果が現れるのを待っていた。

1時間半は経っただろうか・・・
始めてアヤワスカを飲む人は、その効果が現れるのに少し時間がかかることがあるという。

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私はまだまだ至って平常心で、暗闇の中、みんなが何をしているのか?一体これから何が始まるのか?冷静な自分はどうしたらいいのか?

と様子を伺っていた。

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あちこちで嘔吐する音が聞こえた。
横になって毛布に包まってる人もいた。
私にはまだ何も起こっていないようだった。

そのうちシャーマンが、
2杯目を取りにおいでと呼び始めた。

ほとんどの人が1杯目と同じように、
2杯目のアヤワスカをもらいに行った。

私はしっかりした足取りで祭壇の前に行き、
全然平気な顔をして2杯目を頂いた。

そうして席に戻ると、
急に薬草の効果が現れてきたようだった。
しばらくは体操座りの大勢でじっとしていた。

秋になったブラジルの夜は冷え込み、
毛布1枚ではとても耐えられない寒さだった。

そのうちにじわじわと胸を刺す痛みが出てきた。とにかく心を針で刺すような、鋭い悲しみが胸を突き刺し続けた。

最初はその悲しみを感じながら、
「この胸を刺す痛みはなんだろう」
「この悲しみは何だろう」

と思いながら、
ただひたすらそれを感じていた。

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そのうちに私は悲しみに耐えられず、
泣き出し始めた。

心配して様子を見に来たジェシカに、
寒いと訴えて毛布をもらった。

そのうち吐き気がこみ上げ来て、
数回軽く嘔吐した。

今日一日食事を控えていたからか、
他の人と比べるとその量は少なかったけど、

その後も口に唾が溜まる度に、
出来るだけ飲み込まないよう注意しながら、
すぐ横のバケツに吐き出していた。

しばらくして、
トイレに行きたいような気がした。

すでに悲しみの渦に飲まれながら、泣いていたので、気分転換も兼ね、
ジェシカに頼んで外の水なしトイレへ行った。

その時はまだふらふらしながらも歩けていた。そして、トイレへ行って席に戻った。

-

ここからが大変だった。

最初はどこから来るのか、
分からなかった胸の痛みと悲しみだったのが、

突然その原因を突き止めた。
それはいつかの過去世のようだった。

はっきりしたビジョンを見たわけではないけどなんとなく、でもはっきりとそれが分かったのだった。

それからは押し寄せる悲しみに飲み込まれ、
心のそこから悲しみを振り絞るようにして泣いた。

赤子のように、小さな子供のように、若い娘のように、

溢れ出す悲しみは止められず、いつかのビジョンが心に映っては、また悲しみの渦に飲み込まれ、完全に自分を見失った。

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そのうち焚き火に火が付けられ、
シャーマンの歌う儀式の歌声が響き渡った。

マテウスとレベッカの歌声に、
時々ジェシカの声も混じって聞こえた。

ドーム型の会場の中、あちこちに反響する歌声がこだまする。さらにその歌声は、私の中で大きく膨らんでは縮み、

空間が歪んでいるように鳴り響いた。

私の中の悲しみは、その歌声と共に増強し、
とてもとても大きく膨らんだ。

そして吸い込まれるように、また私は泣き続けた。

そのうちに気付くと、目の前にシャーマン(マテウス)が来て、私の名前を呼んだ。

そして真正面から私を覗き込み、

「こっちを見なさい。顔を上げるんだ。聞こえるかい?それは現実じゃない。しっかりしろ。こっちに戻って来るんだ。深呼吸して…」と言った。

呼ばれる度に私は、呼吸を整えてこっちの世界に戻ろうとしたし、

彼の顔に焦点を当てて、大丈夫だとアピールするように意識して深呼吸をしたけど…

あのビジョンが何度も繰り返し蘇る度、
すぐにまた深い深い悲しみに飲み込まれて、
心の底から搾り出すような声で泣き続けるのだった。

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その様子を見て、
彼は諦めたように行ってしまった。

それでも私は泣き続けた。
泣きたかったわけじゃないけど、

いつかの時代のあの瞬間の
ビジョンが胸に焼き付いて離れなかった。

そのうちに私は、
とんでもないことを思い出した。

-

それは遠い過去の記憶、とても言葉では言えないような残酷なシーンだった。

その人物は私だけでなく、
私の愛する者をも深く深く傷つけた。

そしてその人物の魂は、今世私の近くに存在する人物として生まれ変わっていた。

そして、私とその人の関係性は、

無条件に許し愛さざるを得ないというもの。

それが分かってから、私はやっとはっきり理解した。

「私はこの人物を許さなければならない。でも体のど真ん中に強い愛を持たなければ、それは決して出来るものではないだろう…でも神様、どうしてそんな酷いことを私に要求するのですか?あまりにも酷くないですか?」

そう訴えてはまた泣いた。
そんなことを一体何回繰り返しただろうか。

新しい歌や笛の音色が聞こえる度、空間いっぱいに広がっては、伸び縮みする音に誘導されるように、

何度も繰り返し、とてつもなく深い悲しみの中で泣き続けていた。

そのうちに、また気付いたことがあった。

「これは私が自分で決めてきたこと。神様の命令なんかじゃない。私は出来るからと自分でその試練を受けて立つと神様に宣言してきたんじゃないか。このミッションは、私が自分に課したことだった。」

「いやー。でも無理。それは酷すぎる~!」

という会話をひとり繰り返しながら、あのビジョンを思い出してはまだ泣き続けていた。

そうしてしばらくすると、
薬の効果が薄れて来たのか落ち着いてきた。

もうこれ以上ないくらい泣いたけど、
まだ終わりじゃなかった。

私は3杯目の合図で席を立ち、
少し冷静になって3杯目のアヤワスカを頂いた。

そうして席に戻るとすぐにまた、
悲しみが襲ってきた。

その間にもまた、シャーマンが私を呼び戻しに来ては、諦めて去っていった。

ジェシカも来た。
コエーリョも来た。

みんな私と落ち着かせようとしては、あまりにもどっぷりはまった泣きっぷりに呆れたのだろうか?

諦めてその場から離れ、遠くから見守っていてくれた。

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その頃、
隣にいたミゲルが不審な動きをしていた。

多分、2杯目を飲んだ頃からだと思う。
気付けば焚き火に火がついていた。

私もたまに火の傍に行って、
しゃがみ込んでは炎をじっと見つめていたりしたけど、彼は何かが違った。

炎の周りに突っ立って、
闘うような姿勢でいたミゲル。

それに気付いたパウロやコエーリョが、
ミゲルの傍に行って席へ戻るように促していた。

けれども彼は抵抗して、
そこから離れようとはしなかった。

何度も何度も、色んな人が近づいては炎の前で冷戦を決め込んでいた。

私は泣きながらもふと、冷静になるとその様子を眺めていた。

無理やり席に引き戻されたミゲルを見て、
私は自分が少し落ち着いたタイミングで彼に話しかけた。

「ミゲル。頼むから自分の場所に戻って。私を助けて。力を貸して。私たちは一人じゃない。この場は、みんなが繋がって輪になっている。あなたが欠けると完璧な輪にならないのよ。だからそこにいて。」

残念ながら、
ミゲルには伝わらなかったようだった。

そのうちに私はまた深い悲しみの波に飲まれていった。

しばらくするとまた、
ミゲルは炎の周りをうろうろし始めた。

それに気付いた私はコエーリョを呼んで、
ミゲルが挙動不審だから目を離さないようにと言ったのだけど、

しばらくすると、
みんなどこかへ行ってしまい、

ノーマークになったミゲルは突然、
神聖な焚き火の上を素足で踏みつけて渡った。

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シャーマンの驚いた顔。

私は泣きながらも、
一部始終を冷静に見守っていた。

すぐにミゲルは、
腕を捕まれ席に戻るように促された。

シャーマン、レベッカ、パウロ、コエーリョ・・・何人もがミゲルに近づき、

席に戻るよう、儀式のルールに従うよう、
みんなの輪を乱さないよう説得していたけど、

それを最後まで拒んだミゲルは、
とうとう退場させられてしまった。

それから彼は、会場の入り口のすぐ外に立ち、
じっとこちらの様子を見ているだけだった。

その前だったか後だったか、
よく覚えてないのだけれど、

私はいよいよ決断を迫られていた。

「あんな酷い目にあったけど、これは自分で決めてきたこと。私はこの人物を許さなければならない。そしてこの悲しみを手放すことで、次の新しいサイクルが始まるんだ。この人物はこの出来事から大事なものを学んだ。私が許して手放すことでこの人物は成長し、その力をコントロールすることを学んで次は誰かのために…という循環を作っていくのかもしれない。」

「分かってるけど、やっぱり神様、
それは酷すぎやしないかい~?」

と訴えてはまた泣き・・・をまだしつこく繰り返していた。

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そのうちに私は、
このままではキリがないと思い始めた。

「自分で決めてきたこと。どこかで踏ん切りをつけなければ・・・。」

「そういえば・・・誰かが言ってたなぁ。儀式中の体験を詳しく人に話すと不思議と忘れちゃうんだよーって。」

この過去世での出来事とこの残酷な事実をジェシカに預けよう。彼女だけに話して後は忘れて墓場まで持っていこう。そしたら私は愛の象徴としてクリスタルをこの胸に埋め込む。そのくらいしないと、とてもじゃないけど許せない。そして、この悲しみと共に許しをあの炎に投げ入れよう。

そう覚悟してから、隣にいたコエーリョに頼んで、ジェシカを呼んでもらった。

「ちょっと頼みがあるの・・・」

フラフラしてて、とても一人じゃ歩けなかったのだけど、ジェシカに頼んで外に出た。

そして会場のすぐ
外にあるドラゴンの椅子に腰を下ろした。

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そこへミゲル登場・・・。
話を聞きたかったのだと思うけど、

状況を察したジェシカが話して向こうへ行ってもらった。

覚悟したつもりだったけど、まだ揺れている自分がいて踏ん切りがつかないでいたら、

ジェシカが話の前にトイレに行こうと言った。「私もおしっこしたいから。」
彼女はとてもチャーミングな女性だ。

私の手をとると、少し遠くの水なしトイレではなく、すぐ近くの茂みを指して言った。

「ここでいいよね。
お互いに後ろを向いて、せーので行くよ!」

なかなか出なかったけど、
やっと出たその瞬間、

自分の中から出たものが、大地に還っていくんだという感覚が湧き上がった。

「そっか。還っていくんだ。循環するんだ。」

そうして私の揺れていた決心は、
揺ぎ無い覚悟に変わった。

ドラゴンの椅子に座りなおすと、
私はジェシカに言った。

「私はとんでもない過去世を思い出した。でも私はそれを許さなければならない。そのためにその事実をあなたに預けて、私は忘れることにした。

(手に持ったクリスタルを見せて)私はこのクリスタルを胸に埋め込んで、悲しみと共に許しを炎に捧げたいの。聞いてくれる?」と。

そうして私はその事実を彼女だけに話し、
それを聞いた彼女に抱きしめられながら、
また泣いた。

でももう大丈夫だった。

見上げると空は曇っていたけど、
その瞬間サッと光輝く月が顔を出した。

「月があなたに祝福を送ってるよ。」
とジェシカが言った。
私もそんな気がして二人で笑った。

それからジェシカが私に聞いた。
「そのクリスタルを炎に投げ入れるの?」

「ううん。これはハートに埋めるの。悲しみと許しを炎に投げ入れたいんだけど、どうしたらいいかな。」

「じゃあ、適当な木片を見つけてくるよ。そこにあなたの思いを込めて、炎に投げ入れればいい。」

そう言って私たちは会場の中に戻り、ジェシカが木片を探している間、私は一人炎の前に立っていた。

もう私は泣いてはいなかった。

すぐに木片を手にした、ジェシカが戻って来て私にそれを渡してくれた。

木片を手に持ち、その人物への許しと大きな大きな悲しみを木片に託して、

ジェシカが見守る中、
私は炎の前へと進み出た。

手に持ったクリスタルを胸に当て、
私はその木片をポイっと火の中に投げ入れた。

(後でこの瞬間、大きな悲しみの光の玉が私の背後から抜け出て、そのまま炎の中に入っていったのを見たよとアリアニが教えてくれた。)

そうして静かに自分の席に戻り、後はぼーっと周りの様子を見ながら座っていた。

あっという間に正気に戻った。
外が少し明るくなってきていた。
聖なる焚き火の炎もその勢いが弱まっていた。

段々周りの様子がはっきりと見えてきた頃、
シャーマンはシッポーの説明をしていた。

ちょっとまだ、ポルトガル語の説明に集中する余裕はなかったけど、その効果について先に聞いていたこともあり、

数人が受けた後に続いて、
私もシャーマンの元へ向かった。

シャーマンがシュッと粉を吹き入れた後、
その粉が脳みそにまで到達して痛みを伴うような、そんなみんなの表情を見ていたら少し怖くて、

シュッとやりかけた瞬間に思わず鼻を離してしまい、粉がぶわっと舞い上がって目に入った。

シャーマンは一瞬その調子を崩しかけたけど、
私は薬の沁みる目をパチパチなしがら謝り、

シャーマンは姿勢を取り直して、反対側の鼻にはちゃんと最後まで入れてもらった。

量が少なかったのか、
想像以上に全然痛くも痒くもなかった。

そうして席に戻る頃には、薄明るい空と共にすっかり現実世界に戻っていった。

みんなも落ち着いていたように見えたけど、
シッポを受けた後に激しく嘔吐していた人がいたり、

まだ薬草の効果が続いていてぐったりしている人がいたりした。

そんな中、
そろそろ儀式も終わりだよ~と言って、

コエーリョが毎晩、焚き火を囲んでギターを弾きながら歌っていた、アヤワスカの儀式の歌を歌い始めた。

彼はすっかり楽しそうだったけど、私を含めまだみんなその余韻に浸ってぼーっとしていた。

最後は、最初と同じように一人ずつ
その体験をシェアしていった。

私が話した後、

「ゆか。君はものすごい魂の浄化をしていたね。」とマテウスが言い、
その隣でレベッカが優しく微笑んだ。

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