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鶏天と唐揚げの狭間で

リムジンバスの静寂

北国への冬の出張は、天気予報に振り回される。
明日の午後に出発する予定が、明日から明後日かけて大型低気圧上陸、寒波到来、暴風雪警戒、などと言われると、さあいつ出発すべきか。

それに加え今回は、新幹線の停電のニュース。JRの抜群の復旧力なら停電ならすぐに再開するだろうとたかを括っていたら、ここから終日全面運休で「復旧に相当時間がかかる見込み」という続報を目にして心が揺れた。すでに予約済みの明日の新幹線に賭けるか、いや飛行機も一応見てみようと航空会社の予約状況を見てみると、ついさっきまでガラ空きだったはずの明日の便はほぼ満席になっていて、空いていても値段が跳ね上がっていた。

今回の出張は出席者も多く日にちがずらせないので、万が一行けませんでした、という最悪の事態は避けたい。見ると、今日の最終便のフライトまであと4時間半、席は空いていて(しかも割安)順調に飛んでいるようなので、まずは確実に出張先のそばまで行こうと決めた。(結局新幹線は翌日始発から全面復旧した)

家から一番近い発着所に行き、夕方の薄暗さから夜へと移り変わる時間を空港行きのリムジンバスで移動した。幹線道路を通り、家のそばを通り過ぎる時に部活帰りの中学生をバスの窓から見かけた。きっと息子と同じ中学の子たちだろう。明日は、朝に登校を見送ってから出張に出るねと今朝息子に言っていたので、急な変更になったことを直接言えずに家を出ることになり、ちょっと寂しい気がした。

日本でも海外でも、リムジンバスでの移動を選ぶ時は、早朝か夜遅くのことが多い。電車と違い、リムジンバスの中はいつ乗ってもいつもすごく静かで暗い気がする。外はまだ午後17時を過ぎたところで、冬だから日も暮れて暗いけれどまだまだあちこちの灯りは煌々とし、小さな人影も生き生きと動いているのに、リムジンバスの中は深夜のように静かだ。走り始めて20分ぐらい経ち、首都高の渋滞でバスがゆるゆるとスピードを落とし始めた頃、車内には誰かの小さないびきが響き出した。バスの中だけ夜が深まっていくようだった。

空港での夕食

空港に着きバスを降りると、空気は深夜から活気ある宵の口に戻った。
搭乗時間まで余裕があったので、夕食をとることにした。
一番近くに蕎麦屋があったから、そこに入った。
初めて入るお店は、何を食べるか結構迷う。
晩酌も軽くしたいから、なおさら迷う。
落ち着いてメニューを隅々見ればいいのに、店の中がソワソワしているので、うまくゆっくりメニューを眺められない。
すると、鶏天そばが目に入った。私はちくわ天が一番好きだが、鶏天も好きだ。うどん屋に入ってトッピングを頼むなら、いつもこの2つで迷う。
鶏天をつまみにして、そばを〆に食べるのっていいなと思い至り、ハイボールと鶏天そばを頼むことにした。

食べかけの鶏天そば

注文したものが来た。
一人きりなので、行儀が悪いのはわかっていても、周りの人をぼんやり眺めながらでもいいんだけれど、それはそれで見られる方は嫌だろうし、手持ち無沙汰なので本を読みながら晩酌をする。
思った以上に鶏天はゲンコツのようで褐色で、4つも入っている。
1個食べてみると、鶏の部位は皮無しのもも肉で、下味がしっかりついていて、粗挽き胡椒が効いていて、衣はバリっと歯応えがある。小麦粉や片栗粉だけをつけて揚げた衣よりも、それなりに存在感のある厚み。
そしてやたらとハイボールによく合う。

1個全部食べて、心が揺れた。
「これは鶏天ではなく、唐揚げ?」

これを唐揚げだと思うのはなぜだろう。
ニンニクの風味もあるしっかりした下味が、特に唐揚げを感じさせる。普通の天ぷらの衣は粉と卵と冷水あたりを混ぜて、歯応えはもう少し軽い。これはちょっと厚めだがバリっと歯応えよく揚がっている。結果的に晩酌のつまみに最高。小難しくすることもないので、晩酌は鶏天2個目に突入した。

鶏天は「とり天」だった

後日調べてみると私が食べたのは、大分の「とり天」だった。

大分県では、鶏肉を使ったまぜごはん「鶏めし」や鶏出汁の汁物「鶏汁」といったさまざまな鶏肉料理が食べられてきた。なかでも、唐揚げが有名だが、鶏肉を天ぷら粉で揚げた「とり天」も大分県全域にわたって広く親しまれている。
鶏肉が高価な食材だった時代、家庭では衣がたっぷりついた「とり天」がつくられていた。厚い衣がかさ増しになり、家族が多くてもみんなで鶏肉を味わうことができる。
「とり天」は、別府市内にある県内初のレストラン「東洋軒」が発祥だとされている。昭和初期、既存メニューの唐揚げが骨付きであったために女性が食べづらいだろうという気遣いから、骨のないもも肉を食べやすい大きさに切り、天ぷら風にアレンジしたのがはじまり。

農林水産省「うちの郷土料理」より

大分市の鶏肉消費量は毎年全国トップクラス。

大分市だけじゃない、中津唐揚げがあんなに有名だし、とり天は別府発祥だそうだし、他にもおいしい鶏肉料理があるに違いない。大分の郷土料理を調べてみると、梅酢漬けした丸ごとアジを赤しそで巻いた「あじの丸ずし」なんてのもあるらしい。それって絶対おいしいやつ。
大分は未踏の地。行ったらきっと、おいしいものがたくさんあるだろうなあ。
本場のとり天、食べに行こう。




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