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乗り換えの軌跡

相当なデジタル音痴である。

大学ではメディア学科というところに属しており、曲がりなりにもwebライターをやってるくせしてどうしてこんなに、というほどわたしはデジタル諸々に疎い。

バックアップとかiTunesとか、SIMとかアップデートとか、そういうのん全部きらい。
だって、意味わからんし上手くできないのである。わたしが嫌っているのが向こうにも伝わるのか、予期せぬエラーは発生しまくるしフリーズしまくるし、もうほんっとに苛々しちゃう。


そんなわたしに、試練の時がやってきた。
携帯電話の更新月である。

恋人は今流行りの格安SIMとゆうやつを使っていて、それにすると月々かなり安い値段で携帯を使えるらしい。おまけに、SNS使い放題ですって!

ほんならわたしもそれに、と喜び勇んでソフトバ…じゃなくってS社にしよう。いそいそとS社に出向いていった。

「しむろっくのかいじょを、おねがいします!」

アンケート用紙に記入したあと、教えられた通りの台詞をそっくりそのまま元気よく告げる。

「えー。無理ですね」

秒殺だった。

えーーーなんで!と危うく叫びだすより先に、お姉さんが淡々と説明を始める。

「SIMロックの解除ができるのは、iPhone6sからなんですよ。お客様がお使いなのはiPhone6なので、できないんです」

まじか。そんなこと聞いてなかったよ。
ショックも冷めやらぬ状態で、お姉さんに促されるまま椅子に座ると、速やかにセールストークが始まった。

じゃぁ、どうすればいいんですかぁ……と泣き出しそうなわたしの内面を見透かしたかのように、お姉さんはにこやかに強気で話し出す。

「このままS社で更新、あるいは機種変更していただけましたら月々いくらの割引、さらに無制限のWi-Fiもご一緒に契約でうんたらかんたら。」

ほうほう。このご時世、他者に乗り換えたところで料金にそう大差はないらしい。
だったら、このままS社で更新するのが一番楽なんじゃないのか。だいきらいな手続き諸々にも向き合わずに済むぞ。

と、あっという間に心はぐらつきかけたが、危ない危ない。
ここで「ハイそうします」と言っちゃあおしまいなことくらいはわたしにもわかる。

なので後半はのらりくらりと聞き流し、ありがとうございましたぁとへらへら笑って店を後にした。
…即、恋人に相談だ。


S社での更新か、A社への乗り換えか。
自分なりにいろいろ調べた結果、わたしの見出した選択肢はその二つだった。

料金は、どちらもあまり変わらない。
いずれにしても、月々10000円近い料金を払い続けねばならないのだ。いくら機種変更するにしても、これはちょっと、高くない??

ということを恋人に告げると、さらさらと別の選択肢を教えてくれた。

曰く、「appleでiPhone本体を購入し、格安SIMに契約する」ということである。
ちなみに、この「」の内容を理解するのにもわたしは相当な時間がかかり、ついには恋人が紙に書いて図解してくれたことも書き添えておく。

そんなんできるの!じゃあそれにする!と即座に飛びついたわたしをいなすように、いくら使用料が安くても、S社やA社のように本体代金の割引がないからトータルで考えてみないとわからないよというようなことを言い、実際に見積もりを立て始めた。

もう、感謝感激雨嵐もんである。(ちなみにわたしは、隣で阿呆みたいに見ていただけだった。)

結果「appleでiPhone本体を購入し、格安SIMに契約する」が最も安くつくことがわかった。
そうと決まったら、あとは行動に移すのみである。

……で?

具体的にやるべきことがひとっつも浮かばないわたしは、相変わらず阿呆みたいに恋人の指示を仰ぐ。

曰く、

①iPhone本体を購入する
②S社で解約&なんちゃら番号を貰う
③格安SIMに契約

の順にこなせばいいとのこと。
よっしゃ、やったるで! とそのときは勢いこんだものの、なんしかこういう手続きがきらい。

iPhoneを購入するのに、その日からおよそ1週間を要した。
さあ次は解約、と思うが、どうにもこうにも億劫である。

しかし、解約期間の終了は迫り来ている。
重い腰をようやく上げ、楽しみな用事にくっつけてなんとかS社へ出向くことに成功した。


再びアンケート用紙に記入をし(何回もする必要ある?)、今度こそちゃんとわかってる人みたいに
「解約と、えっと…なんか電話番号?ください」
と言う。いや、わかってへんやないか。

すると「MNP番号ですね」とさらりと言われたので、「ああ、それですそれ」と、あたかもわかってましたけどど忘れしてましてんみたいな態度を貫いた。

椅子に座り、ちゃんとした大人の女性みたいに「携帯電話とWi-Fiの解約、MNP番号の発行をお願いします」と落ち着いて言った。

しかし顔を上げると、目の前のお姉さんが結構かわいくて思わずどぎまぎしてしまった。
「はい、かしこまりました」と言う笑顔が眩しい。かわいいのである。

差し支え無ければ乗り換え先を、と言うので格安SIMの会社名を告げる。

お姉さんは、にこやかなままこう言った。

「そちらの会社ですと…店舗数が少ないので十分なサービスを受けられず、電話で問い合わせした際も「メールにしてください」との応対をされることになってしまいますが、本当によろしいですか?」

…ん?
なんか今、すごくナチュラルなディスりを耳にした気がするぞ。

しかし、本当によろしいもなにも、もうiPhone本体を購入してしまっているのだということを告げると、お姉さんはにこやかに引き下がった。
…諦めたような笑顔だった。

解約の手続きは進む。

「MNP番号発行の際、手数料が3240円かかってしまいますが…」

ここでお姉さんは唐突に言葉を切り、襟元のピンマイク(でいいん?)に向かって囁いた。

「MNP番号発行の代金って、引き落としでいいんでしたっけ?」

ははあその確認か、と思いつつ黙って待っていると、

「うん、引き落としです」

同じく襟元に向かって囁いたのは、まさかのお姉さんのすぐ隣で作業をしていた男性スタッフ。

いや、全部見えてるし聞こえてるーーー!
直接喋ったらええやないか!

という思いは勿論ぐいっと飲み込んで、お姉さんの言葉の続きを待つことにした。

お姉さん :「手数料3240円かかりますが、よろしいですか?(ニコ)」
わたし :「はい、大丈夫です(ニコ)」

お姉さん :「ありがとうございます。では、引き続きWi-Fiの件なのですが…」

いや、聞いたのに引き落としの話せんのかい!


その後、数回の「本当にこれでよろしいですか?」的な煽りが挟まれつつも、手続きは速やかに進んでいった。

「では、これで解約手続きはすべて完了いたしました。ありがとうございました」

そう頭を下げるお姉さんの笑顔には、どこか落胆の色が見えるように思えてならなかった。

なんだろうこの、なんにも悪いことはしていないはずなのに、すごい罪悪感にかられる感じ。
心なしか、お店の人たちもみなそういう目で見てくる気がして仕方がない。
まあ完全に自意識過剰なんやろうけど…も。

「ありがとうございました」

席を立つなりあちこちから掛けられる、その声に追われるようして店を出た。


おもてに出るなり、ふうっと大きなため息をつく。
やっと一仕事終えた気分。

今夜は、いよいよ契約だ。
勿論、恋人監修のもとである。

長い道のり、そうNORIKAE。
ゴールは確実に近づいている。


#エッセイ #携帯電話 #乗り換え

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