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カラフルじゃなくっても

朝、目が覚めると肌寒くって、今のいままで冬の朝を忘れていたことを思い出した。
いつのまにか秋の中にいて、もうすぐ21度目の冬が来る。

毎朝飲んでいたつめたいカフェオレの代わりに、あたたかいコーヒーを淹れる。(インスタントなんやけどね)
こうして季節が移ろってゆくのだということが手に取るようにわかるのは、一人暮らしをしているせいかもしれない。

実家では、母の手によって夏布団が羽毛布団に変わり、こたつが出され、食卓に鍋料理がのぼるようになる。
「あ、そうか冬か」と気づくのはいつも、そうしてお膳立てされたあとだった気がするのだ。


季節の変わり目は、袖の変わり目。

半袖が長袖に、長袖が半袖に変わるたび、わたしはいつも、ちょっとときめく。

久しぶりに長袖を着たときのなんともいえぬ幸福と、包まれることのあたたかさ。
瞬く間に慣れてしまうから、惜しいな。当たり前になるのはいつも一瞬だ。

その季節ではじめての半袖に腕を通す瞬間も大好き。すこし心もとないような、少しくすぐったいような。
でもそれ以上に、はじけそうな解放感でいっぱいになる。まっしろなセーラー服を、いつよりも彷彿とさせられるとき。

今年の秋はまだ、羽織りもの以外で長袖を着ていない。
ながそでびゅーと銘打って、ちょっとだけとくべつな心持ちで。
いつにしようか、わくわくするな。


季節の変わり目は、いつもなんだか名残惜しい。

冬の終わりかけに、春を待ちわびる感じは好きだ。
暑いのがとっても苦手だから、早く夏が終わってほしいと思うこともある。

とはいえ、
「え、冬終わり? 早すぎん?」とか、
「もう秋くるん…!?ちょっと待って!」
みたいな感じに、絶対なってしまうのだ。

一年の中でも特にそう思うのは、夏から秋へと変わるとき。
だって、唐突なんだもの。いつだってそう。
そして秋になった瞬間、確実に冬の気配がする。冬から春に変わるときはそんなことないのにね。ふしぎだ。

秋はいちばん好きな季節だけど、「切ない」とゆうお得意の感情を常時引きずって過ごすことになりがちなので、心の方がちょっと忙しい。

今年もまた、夏が帰ってしまったな。


また、色をつける様に
二度目の季節を巡るみたい。

奇しくもわたしと同級生で、同じくエッセイストを志している久保田真司くんの言葉である。
彼女との一年記念日(と思われる)のツイートに添えてあった文章なのだけど、すごくいいなあと思ってコメントまでしてしまった。

「色をつける様に」って、いいな。

この間投稿した記事にも書いたのだけど、たとえば住んでいる場所や自分の考え方や、隣にいる人だって違うのに、
ふとした瞬間によみがえる記憶とゆうのは時に驚くほど鮮やかで、あれ、今どこにいたんだっけ、と戸惑うこともしばしばである。

同じ季節は、決して二度とやってこない。

だけど、だからこそ、
なぞる様にでも、勿論ぶち壊す様にでもなく、
「色をつける様に」巡るのだ。


夜、繁華街で二人組の女子高生を見かけた。
二人そろって背中まで届くさらさらのストレートヘア、スカート丈は膝上15センチくらい。そしてそこから伸びるかたちの良い足は、二人とも同じくらいすんなりと細い。

ああこの子たち、たぶん無敵なんだろうなと思った。
冬が来てもきっと、膝上15センチのスカートを履いて颯爽と歩くんだろうな。

わたしはもう戻れない、
だけど戻らなくていい。

確かめながらすこしずつ、
色を塗り重ねるみたいに季節を進むのだ。


もうすぐ、恋人と過ごす二度目の冬が来る。


#エッセイ #秋 🍁

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