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翻訳者のつぶやき なんで私が『消える人々』を...その26

2002年3月、長春のテレビが一斉に法輪功の映像を流し始めた…。今回は、第七章の「電波ジャック」に関して。

箱の外

【死者への敬意】

初めてガットマンに会って、The Slaughterの日本語版に取り組むことを申し出たとき、まず第七章を翻訳して出版社にもっていけば、とアドバイスされた。

第七章は独立した記事として、『臓器収奪ー消える人々』の原著 The Slaughterが2014年に刊行されるかなり前に調査記事として発表され、優れた記事として受賞している。ガットマンのウェブサイトに、2010年12月6日付で原文すべてが掲載されている。

拷問などの血生臭い話の翻訳に慣れていない私にとっては、当局に捕まったあとの「当事者の最期」の記述の翻訳が実に辛かった。しかし、「この本を読むという単純な行為が、死者(そして生きている者)に意味を与え、敬意を表することになる」(「日本語版に向けてのまえがき」p.20)上で重要な役割を果たしていることを今になって理解することができた。

【架線作業員】

事件を要約すると、法輪功修煉者が、国家により捏造された情報を正すために、電柱の配線を切ってDVDプレイヤーに接続し、夜7時のニュースを見ている各家庭に動画を流した。内容は、2001年の焼身自殺が工作されたことを示す分析や、世界で法輪功は愛好されているなどだ。50分間長春市のテレビに一斉に映し出され大成功を収めたが、その後、当事者は捕まり悲しい最期を遂げていく。

『消える人々』の出版の話が具体化し、5年も6年も前に翻訳した原稿を編集者さんと見直しているときに、カナダの新境界影視公司(New Realm Studios)制作『電波ジャック − 50分の真実』(英語のタイトル:Eternal Fifty Minutes)という映画と出会った。同じ話を映像で観ることができありがたかった。たとえば、映画の中で皆が電柱に登る練習のシーンから、「架線作業員の使うフック」(p.259-260 原語はlineman hooks)の意味をようやく理解した。

2時間20分の大作だが、「当事者の最期」の部分に割り当てた時間は長くない。その代わりに、法輪功のパレードで勇気ある人々を讃え、唯一の生存者へのインタビューで締めくられていた。

【長春】

「へえっ!生存者がいたんだ」とびっくりした。2010年に第七章が書かれた時点では、生存者ゼロだった。そして『電波ジャック − 50分の真実』で登場したキムさんは、次の映画作品の重要人物となる。

2022年に『長春ーEternal Spring』という映画がリリースされた。同年3月にオンラインの人権映画のフェスティバルで有料で観た(その後、秋にロンドンで劇場上映された)。第七章を翻訳したし『電波ジャック − 50分の真実』も観たし、この事件の内容はわかっているつもりだったが、目からウロコだった。

『長春ーEternal Spring』の予告編(英語字幕付き)

『長春ーEternal Spring』では、電波ジャックの成功のために長春での法輪功狩りが激しくなり、故郷をあとにしたアーティストが案内役だ。この事件について、韓国に逃れた生存者のキムさんや、事件の当事者をよく知っているニューヨーク在住の人たちから当時の話を聞き、彼らの話をナレーションとして、アニメが展開されていく。

電波ジャックの発起人である梁振興(リアン・ジェンシン)については「箱の外で物事を考え、それを実行できる人でした」と形容されていた。「箱の外」とは、なんと言いえた表現だろう。自分が箱の中に置かれていて、外の世界が見えないようにされていることに気づいている人間はどのくらいいるのだろうか?箱の中のジョーシキ、善悪を信じ込まされ、真実が見えなくなってしまった人間はどのくらいいるのだろうか?

臓器収奪問題の提起を通してこれまで出会った人々は、ゆがんだ社会や妥協するメディアの枠には収まりきれない、箱の外で物事を考えるピュアな人たちだ。一期一会。そんな人たちとの出逢いを大切にしていくことで、新しい良い世界が生まれると楽観視している。


著者イーサン・ガットマン来日決定。
(2023年3月4日 東京・有楽町)
サイン本お渡し会、講演会の予約リンク:https://eventregist.com/e/b0LudbjjrrgC




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