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令和源氏物語 宇治の恋華 第百二十九話

 第百二十九話  親心(六)
 
下の姫の婚儀が近づく頃には常陸の守はすっかり対の姫に遠慮をすることがなくなっておりました。
しまいには北の方が密かに集めた婚姻用の調度を横取りしようとするのです。西の対にやってくるとそこにある上等な調度品を舐めるように品定めして言いました。
「婚儀は一か月後と変更ないものでな、何分時間がない。こちらの対で少将さまを迎えることにする」
「こちらの姫はどうせよとおっしゃるのですか?」
「その辺の局におればよかろうが」
「なんという情けないことをおっしゃるのです」
「うるさい。見ればここにはあちらよりも数段勝った調度があるようではないか。贔屓などするからこのような目に遭うのだ。不満があるなら邸から出てゆけばよかろう」
実際常陸の守は目利きの出来ない御仁であったので上質な調度をこちらに残したのは間違いなく、北の方は何も言い返すことができません。
それにしても婿を横取りしただけでは飽き足らず、姫の婚姻の為に揃えた調度のみならず、住まいまでも奪おうとはどこまでも心の曲がった夫であるか、と恨めしくて仕方がないのです。
北の方もここまでされては結婚する今一人の可愛い娘の為に何かしてあげたいという気持ちはあるものの、手を出せずにおりますもので、婚儀が近づくのももどかしい。目の当りにするのも癪に障るので宮の姫が心を痛めぬよう、かねてから便りを出していた二条院の中君の元へ方違えと称して身を寄せることとなりました。
中君は夫の目につかぬようにと自分の住む対の端に小部屋をしつらえさせ、新参の女房が住んでいる風に取り繕って中君と常陸の守の北の方を迎え入れました。
このように内密にしたのは美しい人と見ると素通りできない匂宮の困った性質を警戒したからでしょうか。
ともあれ北の方は数日二条院にて滞在することになり、その間に宮の姫の身の振り方を相談しようと考えるのでした。

二条院はまるで別世界のような豪奢さで北の方と宮の姫が圧倒されたのは言うまでもありません。
北の方は常陸の守が資産家で邸を飾りたて充分に贅沢な生活を送っていると思っておりましたが、それよりもさらに上流の暮らしというものがあると知ったのです。
そして二条院の主人たる匂宮と中君の輝くばかりに美しい夫婦は天人ではあるまいかと思われるほどなのでした。
匂宮が若君をあやす姿は優雅で内教坊(ないきょうぼう=音曲などを司る部署)に仕える女官に額づく常陸の守と同じ親ながらどうしてこうも違うものかと不思議でなりません。
その傍らに寄り添う中君は艶々と権門の夫人として幸せそうに微笑む姿が、同じ姉妹でありながら我が姫との差を思い知らされるのです。
自分に仕える女房たちが別世界を垣間見た興奮ではしたなくはしゃぐのをやはり格が違うと惨めに感じるのでした。
それにつけても匂宮の神々しさは見飽き足らぬもので、滞在中にはついついそちらに目が行ってしまう常陸の一行ですが、昼下がりに邸の差配を指示する宮の御姿に見入っていると、縁側から遠く離れた庭先に伺候する若者たちのうちに知った顔がありました。
「あら、あれは左近の少将ではなくて?」
「本当だわ。あちらのお邸で見た時には気の利いた貴公子のように思われたけれど。ご覧なさいな、宮さまへのお目通りさえ叶わぬ身分なのね」
「そうねぇ、それにやはり宮さまを拝見した後では見劣りがしてならないわ。末の姫にはちょうどよろしいのではなくて」
などと皮肉を言うのを尤もであると北の方は溜飲が下がる気もしますが、そうしてみるとやはり宮の姫にはより立派な貴公子こそが釣り合うのではないかと思われるのです。

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