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オパールの少女 最終章

最終章 オパールの少女

(1)
ヒメとダイヤはあのビルの屋上で星を見ていた。
「翡翠もよく空を眺めていたなぁ」
「地底は閉塞感満載だから、こんなにどこまでも続くような空はやっぱり不思議なんだよね」
「なんでも珍しそうにしてたのも懐かしいわ。チョコレートに感激して、アイスにびっくりして、ハンバーグが大好物だった」
「食べ物ばっかりじゃん」
「だって13歳の女の子よ。くるくる表情が変わって何をしてても可愛いかった」
「あはは、そうだね」
「海も不思議だって驚いてたわね。最初大きな池くらいにしか想像してなかったんだろうけど、鼓動をするように波が寄せては返すでしょ。水が塩っからいのも衝撃だったみたい。遠く見える地平線で地球が丸いことを知った時には固まってたわ」
「それは驚いただろうね。ボクは映像で知ってたけど、100年前はまだそんなツールはなかっただろうから。実際に海を見るのが楽しみで仕方ないよ」
「この地上は色に溢れていて美しい、見飽きないって言ってたわ」
「今じゃ夜もカラフル。不思議だね」
不夜城は眠らない。
眼下の人工の灯りは地上の星。
天上の星空と下界の星空。
その狭間に存在する私たちは宇宙に投げ出されたような錯覚を覚える。
「ねぇ、ダイヤ。こんな風に切り離された空間に投げ出されると、時々恐くなることがあるのよ。いつかパタリと終わりがくるんじゃないかって・・・」
「ヒメでもそんな恐怖を抱えているの?」
「だってわからないんだもの、自分自身が・・・」
私が永く生きてきた間に一人だけ人魚の肉を喰って不老不死になった娘に会ったことがある。人魚の肉は喰えばまず猛毒と言われ、喰った者は悉く死んだ。そして試された後に何千ともあるいは万に届くともいわれる屍の山を背に、彼女だけが生き残ったのだ。
私が知る限り、人魚自体は不老不死ではない。
そのことから人魚はある意味生命力の源なのだといえようが、どんな巡り合わせで不老不死の肉体を得たものか。
私と同じようにかつて人と結ばれる幸せな夢を見て陸に上がった人魚もいただろう。ならば同じように不老不死となった者と出会っていたはずだが、今のところそれはない。それはもしかしたら地上に体が馴染めずに本当に泡となったのか。
私がどんなファクターで不老不死となったのか、まるでわからないのだ。
「最初に恐怖を感じたのは千年の齢を迎えた時。この命にも限りがあって突然死んじゃうんじゃないか、って不安になったわ。だって千年も生きてるのよ。何度も死んで生き返ったけど、それは無限なのかしら?そしてこれまで人を食べてその人の人生を引き継いできたけれど、それにも限りがあるんじゃないか、って疑心暗鬼ばかり」
「先のことは何ひとつわからないもんね。ボクは死ぬ運命だけど、それがいつなのかはわからないしね」
人は不安になる生き物だ。
それを普段は振り払うようにして懸命に生きている。
「今まで恐くて逃げていたんだけど、翡翠の最後を聞かせてほしい。自分がどう死んでいくのかを知っておきたいんだ」
ダイヤはとうとう一番聞きたかったことを口にした。
 
翡翠の病は地底人特有の化石化。
出会って一年半で足の一部分に石化が発症した。
そしてそこから徐々に石化が進んで行った。
痛みはないと翡翠は言っていた。
でも、それは彼女の気遣いだったのかもしれない。
それでもダイヤには翡翠が言ったことをそのまま伝えよう。
足が固まると同時に指先に石化が見られ、ゆっくりと浸食は進んでゆく。
体の末端から中心へ。
次第に呼吸もできなくなり、最後に心臓も固まって止まったのだ。
 
「ダイヤ、明日翡翠に会いに行こう」
「うん。晴れるといいね」
「大丈夫、星がきれいだから」
キラキラと瞬く星空は心を浄化してくれるように美しい。
吹き渡る風が心地よく、どこからか花の香りが漂ってくる。
ライラックだろうか。
こんな都会でもどこかで咲いているのだろう。
春は終わり、初夏になろうというさわやかな宵だった。
 
 (2)
高遠家はすでに一族係累は絶えてしまっていたので、遺してある東京郊外にある邸は井沢法律事務所に管理を任せてあった。
そしてこの土地家屋はこれから先も高遠家の所有ということで、広い敷地と共に存続することになっている。
ここを訪れるのは財前の元へ行くと決めた時が最後だったので、実に四十年ぶりとなる。
この邸はそれ自体が翡翠の墓標なのだ。
邸の裏手には簡素な礼拝所があり、その地下に翡翠は眠っている。
広大な敷地には特に庭師など入れていないのだが、根付いた草木は見苦しくない程度に自然に生育している。
まるでそれは野原がそこにあるように、あるがままにしているのだ。
邸の周りにだけは目隠しのように樹木を配してあるが、邸に害がない限りは枝も伐たない。それが功を奏したのか、まるで童話に出てくるような邸になっていた。
「レトロな佇まいだね」
「築120年ほどだけど、定期的に補修しているから美しく保たれているわ。それに敷地が広いから道路からも離れていて静かでしょう」
「うん」
これは巡礼なのだ。
ダイヤと相談して共に白を纏うことに決めた。
そして、ピンクのカーネーションの花束を。
「翡翠はね、この花の香りが大好きだったのよ」
ダイヤはその香りを嗅いだ。
「優しい香りだね」
 裏手の礼拝所は鬱蒼とした木々に隠されて、こぢんまりとした佇まいだった。それは静かに眠ることができるよう、目だたないように配慮された設計に基づくものだ。
礼拝所の鍵はシンプルな棒鍵だけれど、この中には光彩を放つ仕組みがしてあり、アナログな扉もハイテクな扉の両方にも対応できるようになっている最先端のものだった。
ガチャリ。
ギシリ・・・。ギ、ギ、ギ。。。。
礼拝所の入り口の扉は美しい彫刻が施された瀟洒なものだったが、経年でいささか歪みがでているらしく、歴史を感じさせるような響きが重い。
祭壇の正面には十字架が掛けられ、背後の窓からは自然な光が入るようにしてある。
室内はあくまでも天然光に依存しているのだ。
だんだんと目が慣れてゆくにしたがって、辺りの様子がわかるようになった。赤いカーペットは色褪せることはなく、清潔に掃除がなされている。
そして向かって右手奥には告戒室が設けられている。
一見古いが実はハイテク仕様になっており、この告戒室の壁の向こうに隠されたエレベータで地下室へと下りるのだ。

ダイヤの顔に恐怖の色が見える。目前の未来に慄いているに違いない。
そんな時に人は何を思うのか。
ここは礼拝所。神の社なのだ。
ダイヤはじっと祭壇の十字架をみつめていた。
「ここには神様がいるのかな?」
「神という存在がいるのかも私にはわからないわ」
人ではない者に何がいえようか。
人ではない者でも神ならば救ってくれるのか。。。。
「ただ誰かしら私の声を聞いてくれるならば、今、私はここに誓う。私はダイヤとこれから共にある。けして離れない」
ふと迷いが消えたように、憑き物が落ちたように、ダイヤは目の前の彼女をみつめた。
互いに手を重ねる。
初めて会った時から差し込むような強い瞳に惹きつけられた。
愛しい君。
「ボクは非力で、君の心まで守れるような精神力もない。でも、君がボクに誓ってくれたから、ボクはけしてこの手を離さない」
繋いだ手はもう離さない。
「翡翠に会いにいこう」
「うん」
互いに目を合わせて笑いあった。
そうして二人で迷うことなく告戒室の扉を開けた。
その奥には鍵穴がひとつ。
棒鍵を差し込むと、壁は横にスライドした。
「こっちよ」
導かれるようにエレベータに足を踏み入れると、音もなく下ってゆく。それはほんの一階下なのか、もっと深いのか、まるでわからない。
ただ地底のハイテクに劣らぬ技術であるということだけは理解ができた。
そうして反対側の扉がスライドで開くと、一面が大理石で白く輝く小部屋が現れた。
そこが霊廟なのだ。
中央にはガラスの棺が納められていて、ダイヤは緊張のあまりにゴクリと唾を呑んだ。
ヒメはにこりと笑んで、花束をダイヤに手渡すと、壁のコンソールパネルを操作した。
すると棺は静かに開き、七色の輝きを放っていた。
「前に来た時はね、この白いカーネーションを手向けたのよ」
そうして棺から取り出した白いカーネーションの花束はいまだ瑞々しさを保っているようで、とても40年前の物とは思えなかった。
「新しい花束を翡翠に手向けてちょうだい」
促されるままに棺に近づくと、七色に石化した翡翠の姿がそこにあった。
とても神秘的で美しい少女。
何より眠っているように穏やかな表情であるのが救いだった。
「はじめまして。新しく家族になった弟のダイヤだよ。って、君のほうが妹みたいだけどね」
そうしてダイヤは静かに翡翠の胸元にピンクのカーネーションを供えた。
「まるで宝石のオパールのようでしょう」
「うん。不謹慎かもしれないけれどとても美しい。それに翡翠にはこのピンクのカーネーションがよく似合うね」
「そうね。オパールの少女なんて他の人に見つかったら、それこそ大変なことになるから、ここに隠したの。聖遺物とか騒がれて晒されそうじゃない」
「たしかに、ゆっくり眠れないよね」
ダイヤはそっと翡翠の頬に触れてみた。
それはやはりひんやりと冷たい。
翡翠の骸を見せたのは残酷だっただろう。
「ボクもこうなるのか。悪くはないかな」
そう言って彼は少し笑った。

礼拝所を元のように封印し、外に出ると、白いカーネーションの花束はいつの間にか枯れていた。
「どんな仕組みなのかは知らないけれど、あの霊廟の中では時が止まっているようなの。前に手向けた花も小部屋を出ると枯れてしまったわ」
このシステムは1820年から操業するフランケンシュタイン社による発明なのだ。それは名のある美術館のバックヤードにも採用されており、スイスバンクの特別室にも同じ仕様の部屋が設けられている。
「まるで結界のようね」
「この部屋の中でなら、ボクも生き永らえるのかな?」
ヒメは複雑そうな顔をした。
「この花束も翡翠も死んでいるから、それが損なわれない技術なのだと以前説明を受けたわ」
「そっか。やっぱりボク、意外とあきらめが悪いみたいだね。でもあの小部屋でずっと翡翠の骸と過ごすことになれば、それはそれで気が狂っちゃうかも。やっぱり外界を自由に泳いでいたいよ」
外は晴れているのに微かに雨が降っていた。
陽の光に反射して降り注ぐ光の雨。
まるで空が泣いているようだったので、胸が傷んだ。
「涙ってさ、うれしい時にもでるよね」
そんなダイヤをヒメは慰めるように抱きしめた。

  (3)
 豪華客船『アンフィトリテ』は海の女王と呼ばれている。
その舳には海神ポセイドンの妻である女神・アンフィトリテの像が海を総べるかのごとく両手を広げて据えられている大型船だ。
全長は294メートル。12層のデッキから成り、1,000以上の客室の内8割がオーシャンビュー。
室内装飾はアール・デコを基調として格調高く、映画館や娯楽施設を備える世界最大級の客船だ。
その船が十日後に横浜から出航する。
ボクたちはその船で日本を出ることになった。
いつもの通り、やることが決まるとヒメの行動は早いもので、井沢法律事務所に二人分のパスポート作成の依頼すると、留守中の細やかなケアを指示していた。
あまりの急な決断で今の住まいも引き払うことになったので、井沢先生は忙しくなったことに苦情を訴えたようだが、それでは報酬はエクスプレス料金込みの三倍額で、と提示すると文句を言いながら「いつもの料金で結構です」と、相変わらずのヒメの嫌がらせに辟易していたらしい。
すぐにパスポートは手元に届いて、ヒメは何かを思案していた。
「ダイヤ、泳げる?」
 「エッ、ボク。多分ムリ」
「海で泳げないと何かあったら大変なことになるわよ」
そんなわけでボクはスイミングスクールに通わされることになり、ついでに英会話教室にも放り込まれた。
そして例のデパートのブランドブティックに連れて行かれると、普段着からドレスコード対応の礼服などの一式を誂えた。
もちろん対応してくれたのはあのリス嬢である。
「豪華客船デスカ?別世界です」
そう言いながら、洋服の組み合わせをバシバシ撮って送ってくれる。
相変わらず一時も動くのをやめない小動物っぷりが見事だった。
そんなこんなで十日なんてあっという間に過ぎてしまう。
荷造りも早々に終わって運送業者に引き渡した前日に、ボクはやはり『プラチナステージ』のみんなに別れを告げようと出掛けることにした。
麗やみんなの邪魔をしないようにバックヤードに回り、英明さんに声をかけると、どうやら亨さんは不在ということだった。
ボクが渡航することを聞いた麗は、羨ましながらも半泣きで、みんなボクの旅立ちを祝ってくれた。
みんなと出会ったのはまだほんの一か月前のこと。
それなのにとても濃密な時間をこの場所で、この人達と過ごしたのだ。
「みんな、ありがとうございます。行って来ます」
絶対またここに帰ってくる。
ボクは強い意志をもって『プラチナステージ』を後にした。
地上に来てからのボクの運命は大きく変わった。
やはり自分を奮い立たせて前に進んだことは間違いではなかった。
これから先も迷うことも、気弱くなることもあるかもしれない。
その傍らには必ずヒメがいてくれるのだから、前に進んで行く。
けして後悔はしない。
そういう生きる覚悟を彼女がボクにくれたんだ。

「亨さん、系列店の定例会があったみたいで、会えなかったよ」
「そう」
しょんぼりと戻ってきたダイヤに何と声をかければいいのか。
日本に戻ってきたら、また会いに行けばいいじゃない?!
などと、軽々しいことはけして言えない。
何がどう転変するか、ダイヤが再びこの地に戻って来られるのかもわからないのだから。
「仕方がないよね。明日日本を離れる前に電話ででもちゃんとお礼とさよならを伝えるよ」
ダイヤは気丈に私を気遣っていた。
誰より辛いのは自分であるのに・・・。
やはりこんな優しいころを見ると翡翠を思い出さずにはいられなかった。
ダイヤは前に、地上の人達は絆を重んじる優しい人達だと言っていた。
しかし、私の知るたった二人の地底人は二人とも思い遣りのある心優しい子達だった。
“明日は3時出航だから、必ず見送りに来てね”
そう私は亨のプライベートナンバーにメールした。
 
 (4)
出航は午後三時。
あと数十分後には海の上だ。
横浜の海は穏やかに凪ぎ、潮の香りが昂揚感を煽る。
青い空に遠く湧き立つ入道雲がはや夏を呼び込んでいるようで、カモメは風に乗るように空を滑っている。
「日本からの乗船客はそんなに組数いないみたいだね。そろそろ乗船が始まるよ」
「それは楽しみだな」
興奮気味のダイヤの肩をポン、と叩いたのは、亨だった。
その傍らには英明もにこにこと手を振っている。
「亨さん、英明さんも・・・」
「祝☆日本脱出」
英明はヒメに小さなブーケを差し出した。
「英明さん、先日は美味しい差し入れをどうもありがとう」
「どういたしまして。君とはまだまだ色々な話をしたかったんだけど、亨って意外とやきもち焼きだからねぇ」
亨がジロリと睨んでいる。
「ヒメ子、何か困ったことがあったらまず俺に電話しろよ」
「そうだ、亨。勝手に私の電話いじったでしょ」
ヒメの抗議なんて意にも介さない亨は彼女のサングラスをひょいっと外した。
「しばらく会えないんだ。顔をちゃんと見せてくれ」
「もう(怒)。でも、次に会う時に私はこの姿じゃないかもよ」
「どんな姿になってもヒメだってわかるよ。その瞳でわかる。暗闇で赤く光るのも見たもんな」
「目敏いわね」
「それだけじゃない。仕草でわかる。匂いでわかる」
「男になってるかもしれないわよ」
「エッ、性別も変えられるのか?できれば女がいいなぁ」
溜息をつく相棒を英明は愉快そうにただただクスクスと見守っている。
「ダイヤも体には充分気をつけて。楽しい旅になるといいな」
「はい、お会いできてよかったです」
ダイヤがぺこりと頭を下げると亨はいつものように頭をクシャクシャと撫でた。
この大きな優しい手に何度救われたことか。
「本当にお世話になりました」
「俺たちは必ずまた会うぞ。いいな」
「はい」
ダイヤの目は潤んでいた。
ヒメと英明も穏やかに笑っている。
名残が尽きることはない。
いつまでもこうしていたいが出航の時間は迫っているのだ。
「じゃあ、もう行くわ」
「じゃあな」
ヒメは亨と目を合わせて別れを告げて、ダイヤにエスコートされて、タラップへと向かった。
 
遠ざかる二人の姿を見送りながら、英明が亨にポツリと呟いた。
「熱烈チューでもするかと期待して見物に来たのに、意外とあっさり手放したな」
「やろうか迷ったんだよ。でも、アイツ絶対俺のこと殴るだろ。しかも、多分グー。ダイヤの前でそれはねぇ、ちょっとカッコ悪いじゃん」
「ダイヤ、って定着しちゃったね。あの子、享のこと慕ってたもんね。ってか、崇拝?ってか、おめめキラキラのワンコみたいだったもんね」
「だろ?あんな子の前じゃあ、かっこつけたいじゃん。でも、もう俺のかわいいワンコじゃないけどな。エスコートするのも様になってきた」
「もうヒメちゃんのワンコだよね。彼女に会って男の顔になったと思うよ」
「絶賛成長期、ってやつだよな。癪に触るけど」
「亨、今日はずいぶんと素直だね」
「お前とは付き合い長いから今さら隠したって無駄だろ」
「まぁね」
英明がタバコに火をつけると、じっと手元の煙草を見つめた。
「そういえば亨、いつから禁煙してんの?」
「もう今日で終わり。これからはアキラだからな」
「ふーん」
英明の意味深な笑みが亨の横顔に突き刺さる。
「英明、なんで俺が警官になったか言ったっけ?」
「親父さんが察官だったからだろ?」
アキラは煙草を取り出して、一服。
「久々の煙草はうまいな・・・。お前もたまには禁煙したら?」
「タバコくらいやってないと体に毒でしょ。んで?」
「不二子ちゃんが俺の理想の女だったわけよ。でも親父はバリバリ警官だろ?親父のことは好きだったし、尊敬もしてた。だから俺は絶対ドロボーとかそっちの側には堕ちないじゃん。歪みまくって、不二子ちゃんみたいな女を捕まえたい、って願望が芽生えちゃったんだよね」
英明はそのアキラの告白に、驚きのあまり、変に息を吸い込んで煙に咽た。
「なるほどね。ヒメちゃん、っぽいもんね」
「だろ?まいるよな」
「ホント今日は素直だな」
頭をクシャクシャとして照れる相棒を横目に、腕を組んで苦笑する英明はともかく愉快で仕方がなかった。
ふいに、バラ、バラ、バラ・・・とヘリコプターの飛来音が遠く上空に響いた。
ホバリングしながら客船のヘリポートへ降りるのだろう。
アキラは胸ポケットのサングラスをかけると、空を仰いだ。
特殊機能のズームで褐色の肌をした精悍な男があでやかな民族衣装を纏っているのが確認できる。
「あれはモロッコの王族じゃないか・・・」
「アキラ、あっちにもとんでもないVIPがいるぞ」
英明がさりげなく視線をやった先には香港のホテル王の娘がリムジンから降り立つところだった。
「知った顔の公安もいる。長居してもいいことないぞ」
英明の助言に促されて退散しようとすると、往年の大女優・霞日出子が車椅子で現れた。傍らには娘の霞小夜子が付き人のように寄り添っている。
たしか小夜子の父は大物政治家だという噂があった。
「あら、アキラちゃん?久しぶりねぇ」
霞日出子は以前何度か『プラチナステージ』を訪れたことがあったのだ。
その時に接客したのはもちろんナンバーワンのアキラだった。
ここしばらくは療養中ということで疎遠になっていた。
「日出子さま、ご無沙汰しております。お加減がよろしくなられたのですね」
「そうなのよ。ちょっと娘とのんびり旅行にでもと思っていたんだけど、わざわざ見送りなんて。本当に抜け目ない子だわね」
「もちろんですとも。急いで来たので手土産もなく、申し訳ありません。後ほどお好きなあのワインをお部屋に届けさせますから」
「あら、じゃあ、日本に戻ったらまたお店に伺うわ」
「お待ちしております。旅のご無事を」
アキラが恭しくお辞儀をすると、霞一行は客船へと乗り込んで行った。
「いいカモフラージュになったな」
英明のホッとつく溜息に安堵したものの、そうそうたる乗客に一抹の不安を覚える。
「英明。メンツ、すごすぎじゃね?要人ズラリじゃん。何もなきゃいいけどな」
「たしかに、ビックリだな。ま、ヒメちゃん無敵だから」
「だけどなぁ」
何かあれば絶対俺に電話しろよ、とアキラは心の中でもう一度ヒメに呟いた。

 
タラップを登りきると、ショートヘアをまとめた女性がヒメとダイヤを迎えてくれた。
白を基調にしてワンポイントの金色ボタンの制服が清潔感がある。
「高遠様ですね。『アンフィトリテ』へようこそ。お二人のお世話を担当いたしますバトラーの梶川芽衣です」
キリリとした印象が清々しい。
「梶川さんね。よろしくお願いするわ」
ヒメが挨拶すると、梶川バトラーはウェルカムドリンクとしてシャンパンを用意してくれた。
「高遠様、これから出航セレモニーがデッキで始まります。その後に船室にご案内致します。日本とはしばしのお別れですので、名残惜しいとは思いますが、航海の無事を祈るものでもありますので、是非ご参加ください」
そうして向かったデッキはあらゆる国の富豪でごった返していた。
 
ダイヤの胸が期待でどきどきと高鳴る。
「ボクは本当に君に出会えてよかったよ」
「お互いさまよ。私も孤独じゃなくなるんだから」
ヒメがニッコリと笑んだ。
 
私は千年の時を超えて生きる者。
これから先がどうなるのかはわからない。
それでも今共に生きる人がいるのだから一緒に前に進んで行こうと思う。
私たちは互いの存在を認め合い、共に生きようと決めたのだ。
 
「さぁ、出航の時間です」
パーサーたちが一列に並んで旅の無事を祈りながら次々とシャンパンの栓を抜いてゆく。
「Bon Voyage!」
私たちも乾杯をした。

 
まさかこの新たなる船出の航海で大きな事件に巻き込まれてゆくことになるとは、今の彼等はまだ知る由もない。
それはまた別の冒険譚なのだ。
 <オパールの少女/完>



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