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Jewelry Box Ep.5 Antiqueアンティーク

ジュエリーには記憶が刻まれます。
ジュエリー業界一筋の私が、これまで垣間見たエピソードを紹介させていただきます。
今回のエピソードはアンティーク好きの女性が、お気に入りのリングを友人から「気持ち悪い」と言われたことについてのお悩みのご相談でした。
登場する方々には了承を得ておりますが、携わったジュエリーは個人所有のものですので、デザイン画や画像を公開することは致しません。

 Ep.5 Antiqueアンティーク

私が宝飾品を扱っているというのは大学を卒業してから業界一筋なので、今ではそれなりのキャリアがあると自負しております。
そんな噂を聞きつけてか、友人のまた知人という感じで相談に乗ってほしいということがままあるのです。
そうした場合はほぼ初対面の方々ですね。
あちらも緊張なさっておられるし、こちらもどんなご相談かと気が張るわけです。
今回相談に来られた女性は、四十代前半のほっそりとした面が魅力的な女性でした。
身に着けられているものには、どこかこだわりがあるように思われます。シックなワンピースをお召しになり、そのワンピースの襟元は繊細なレースで飾られておりました。
私は直感的に、
『ああ、この方はアンティークがお好きなのだな』
と閃きました。
 
ジュエリーを商うということは、ただ宝飾品を売るだけではありません。
その方にどのジュエリーがお似合いになるか、どのようなコーディネートがベストマッチであるのかを提案し、お客様の想像力をお助けしながらお薦めするのです。
それは確固たるスタイルをお持ちのお客様には必要のないことですが、新しい提案を受けて今までチャレンジしなかったようなお洒落に目覚める方もいらっしゃいます。
また、ジュエリーのTPOなどをアドバイスするのも私の役目であると考えております。
 
さて、この初めてお会いしたレディはまさにアンティークのお好きな方でした。
そしてそのお気に入りのアンティークの指輪こそ、ご相談のお品だったのです。
お客様がその指輪をお求めになったのは、骨董市だったそうです。
中石はダイヤモンドでしたが、アンティークにはよくあるローズカットというカッティングを施されたものです。
ローズカットは石の裏側はフラットで、ドームのようなカッティングです。
面数が少なく、面体が大きいのでラウンド・ブリリアント・カットとは輝き方が違います。
太陽の光が入りますと、ギラリ、とした大きな輝きが見られるのが特徴です。
両脇には同じくローズカットのメレが一石ずつ配されたシンプルなデザインデした。
17世紀頃のリングと販売者が教えてくれたそうですが、その頃の地金と言えば金でも14金が主流です。そして14金は硬度があるので、繊細な細工に向いているのでした。
実際にそのリングは淵に打たれたミル打ちも手で施されたもので、ローズカットを留める爪も花のガクを思わせるようによくできておりました。職人さん渾身の手作りのリングですね。
そのお気に入りのリングをつけて学生時代の友人の集まりの会に出かけたところ、久しぶりに会った友人に、
「アンティークって、誰がつけてたかわからないでしょ。私そういうの気持ち悪くて・・・。呪われそうじゃない?」
と、事もなげに言われたそうです。
言った本人は悪びれもしないようでしたが、言われたレディはショックだったでしょう。
「私今まで、そういう風に考えなかったもので。どうなんでしょう?」
私はいきなりかなりハードルの高い質問が来たな、と思いました。
「アンティークに興味のない方はそのように思われるかもしれませんね。でも、我々人間よりもジュエリーのほうがずっと長く存在するのですからねぇ。捉え方の問題だと思います。ジュエリー以外でもビンテージがつくようなティーカップを蒐集される方やアンティークレースを集められる方もいらっしゃるでしょ?すべてが呪われている、なんて考え方も極端だと思います」
「そうよねぇ。私香水瓶なんかも好きなんだけど、そんなものに呪いとかはありえないわよね」
「私もアンティークは好きですよ。今では作れない手作りの逸品なんて素敵ですよね」
レディは少し明るい笑顔を取り戻しました。
それまで口をつけていなかったコーヒーをようやく一口。
「ひとつお伺いしてもいいですか?」
「はい」
「このリングと初めて出会った時に、どう感じられましたか?」
「私はね、この指輪を見た時に、きっと裕福な女性がご主人から愛をこめて送られたエンゲージメントリングだと思ったんです。素直に素敵だなって」
「それでよいのではないでしょうか。たしかにジュエリーには持ち主の歴史が刻まれ、記憶が刻まれてゆくものだと思います。それが着けていて嫌な気分になったり、何かトラブルがあるようだな、と感じられたらおつけになるのはやめたほうがいいと思います。逆につけているとなにかいいことがあるな、ラッキーだったと感じられたら大切にされればよいですし」
「なるほど」
「世に名だたるホープ・ブルーというブルーダイヤモンドのお話はご存知ですか?」
「はい。持ち主を不幸にしてきたというダイヤモンドですよね」
「ええ。確かに持ち主は亡くなっておりますが、それは歴史上の流れであったり、普通に人は死にますので、それほど大げさなことではないんです。出所不明な噂もありますし。あの名だたるブルーのダイヤモンドであるからこそ、話が大きくなっただけのことで、人間は悲劇が好きですからね。その程度だと思いますよ」
「私のダイヤモンドはそれほど大したものではないものね。ちょっと安心したわ」
「そうそう、器物百年を経れば妖になる、という付喪神のお話もありますが、それは人よりも長く存在するものに対しての畏怖のあらわれだと思います。それは善なる存在か、邪悪なる存在か、判断するのは現在の持ち主でよいのではないでしょうか」
「そうね、守ってくれるものかもしれないしね」
「少しはお気持ちが軽くなられましたか?」
「ええ。ありがとうございます」
そうしてレディはお帰りになりました。
後日、このリングと何かコーディネートできるようなジュエリーはないものか、と改めて相談され、ネックレスはあまりお着けにならないということなので、ローズカットのシンプルなダイヤモンドピアスを制作することになりました。
レディの耳元に可憐に咲くピアスは単独でも素敵ですが、リングと合わせると統一感のあるコーディネートが実に品よく、とても彼女によくお似合いでした。
女性の美しさをさらに引き立てるジュエリー、それはもちろん相性抜群なのではないかと思います。
そして彼女に大切にされることでジュエリーは輝きを増してゆくのです。
 
※巻頭の画像がローズカットのダイヤモンドです。
 アンティークな雰囲気のあるカッティングですね。


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