黒染めしなくて、よかった。

私が黒染めしない理由なんて、「自分を貫くため」とか、そんな高尚なものじゃない。表に出して人を納得させられる、圧倒的な説得力があるかと言えば、多分そうじゃない。

丁寧に綴ってある神原さんの記事にも、「染めればいい」とコメントがつくのだ。万人を納得させる言葉なんて、ない。隙のない理論を組み立てる努力は惜しむべきではないが、万人に好かれる努力は時間の無駄だからしない。

そもそも、黒染めは私にとって、ロジカルな話ではないのだ。とても、個人的な話だ。私が黒染めせずに生きてきたら、配慮のある仕事相手と巡りあえたよ、という個人的な話。

そもそも、小さい頃から黒染めをするって発想がなかった。親からもらった身体をいじるのは、そう生んだ親のことを否定しているようでいけない気もしていたし、私が周りに合わせて、つまるところ、誰かのために、変わらなければならないなんてことに納得がいく性格でもなかった。

それから、私は極度の面倒くさがりだ。美容室に通うとか髪の手入れをするとか、そういうことの全てが面倒だ。美容室に通う頻度は下がる一方だ。そういうことに使うお金を全部本に使いたいし、本当にそういうことをやる。髪の優先順位がとても低い。

そんな私が、黒染めなんてやったらどうなるか。お金をケチり、染め直すのも面倒になり、結果逆プリンになる。何かの漫画に出られるかもしれない。漫画のキャラクターで逆プリンはたまに見るし。

誤解を恐れずに言うなら、私は髪の色について人に合わせる気もなく、面倒くさがりの末路を知っていたから、黒染めせずに生きてきた。

黒染めについては、髪の色を理由にアルバイトを落とされた経験以外に、忘れられない記憶がいくつかある。

このシリーズの冒頭で書いた話の他に、黒染めした後輩の話がある。

私の通っていた中学は地毛証明を要求することも、私に黒染めを要請することもなかった。学年が違っても、それは同じことだ。

それでも、その後輩とその保護者の方は黒く染めることを選択した。当時の私は面倒なことをわざわざ選ぶその子が理解できなかった。今になって思えば、後輩に黒染めをさせたものは、校則でも教師でもなく、先輩や同級生からの目なのだとわかる。後輩自身が、それを気にしていた。

髪の色を貶す同級生はたしかにいたが、羨ましい、きれいと褒めてくれる同級生も存在した。私は後者を視界に入れて、学校生活を送った。でも、言われると、いや、言われなくても、気になる人は気になってしまうのだろう。今なら、そういう人もいるとわかる。当時はわからなかったが。

校則でも教師でもなく、後輩に黒染めをさせた人目というプレッシャー。それは恐ろしいものだ。存在することを許してはいけないものだ。ただ、黒染めした後輩を否定することは、今の私は、しない。

そして、大学生になり、アルバイトをたくさん落とされるも、いろいろなアルバイトを転々として、卒業して、いくつかの職場を経て、今に至る。

大学生の頃は、アルバイトを落とされる度に、その企業や社会を恨んだし、今もその企業の製品は買わない。髪の色を理由に不採用とすることが差別であることはここにはっきりと書いておく。

だが、それとはちょっと別の話で、私は黒染めをしなかったから、配慮のある仕事相手に出会えたのかもしれない。勘違いしている人もいるけど、就職は一方的に選ばれるものではなく、選び選ばれるものである。つまり、マッチングだ。

黒染めをしないことは、私においては、このマッチングがうまくいく鍵なのかもしれないと最近思うようになっている。要は無理なく働ける仕事先に出会う確率を上げているのではないか、ということだ。

そうやって仕事をしてきて、今の仕事がある。配慮をお願いする必要もないくらい考えつくされていることが多く、私は今困ることがほぼない状態で仕事をしている。とても居心地がいい。

私は、黒染めしなくて、よかった。

執筆のための資料代にさせていただきます。