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【読書感想】他者との関わりに悩みを持つあなたへのささやかな1冊

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」

これは、『嫌われる勇気』で一躍有名になったアルフレッド・アドラーの哲学である。国内では、200万部の売り上げだったというのだから、耳にした人も多いのではないだろうか。

個人的には、すべてというのは言い過ぎのような気もする。しかし、多くの人が何らかの人間関係の悩みを抱えていることは事実だろう。逆に、人間関係で悩んだことがないという人は存在しないか、かなり少数だろう。

こうした人間関係の悩み、言い換えれば他者との関わり方に処方箋を示す本は多く存在する。今回紹介するのはそのうちの1冊である、菅野仁『愛の本 他者との<つながり>を持て余すあなたへ』だ。

菅野先生といえば、『友だち幻想』が有名だ。2008年に出版された本だが、2018年に芸能人の又吉直樹さんが「世界一受けたい授業」で取り上げたことで、一気に知られるようになった。

その反面、テレビの影響もあってか『愛の本』はあまり知られていないように感じる。しかし、こちらの本も『友だち幻想』と同じくらい良い本だ。

この記事では、『愛の本』のキーワードである「他者」を簡単に紹介したい。

幸福の条件としての他者

まずこの本はどんな本かといえば、幸福を考える本だ。著者は言う。幸福の具体的な形は人によって異なる。しかし、幸福のための一定の条件は普遍的な形式で取り出せるのではないか。その一定の条件が、①自己充実をもたらす活動②他者との交流だ。

①自己充実をもたらす活動についても、菅野先生はとても良いことを言っている。しかし、この記事で書くと長くなってしまうので、それについてはぜひ自分の目で確かめてほしい。その代わり、他者について説明していこうと思う。

他者というのは、自分以外の全ての人間であると菅野先生は定義している。自分とは異なる存在、それが他者だ。何を当たり前のことを。そう思っただろうか。確かに言われてみれば当然のことだ。しかし、僕たちは本当にこのことを日常生活で意識できているだろうか。

このように思ったことはないだろうか。自分のことを分かってくれない。自分が期待しているような見方で自分を見てくれない。自分が期待することを相手はしてくれない。それによって僕たちは傷つく。相手が親しければ親しいほど、その傷は深くなる。

この例が示しているのは、僕たちは普段、思っているほど相手は他者であることを意識していないということではないだろうか。むしろ、相手は自分と同じであること(同質性)を期待している。少し油断すると、相手は自分と同じ存在、だから分かってくれるはず、と考えてしまう。しかし、実際の相手は同じではないから、その期待は裏切られ傷つく。逆に相手と同じである事を期待され、それが自分を苦しめたりする。これが、多くの人の現状ではないだろうか。そして人間関係の悩みはこれに起因しているのではないだろうか。

同質性から他者性をベースに

そこで、菅野先生は同質性から他者性をベースにして、人間関係を考えることを提案する。なぜなら、そうすることで、相手との適度な距離感心地の良い距離感を意識することが出来るようになるからだ。

くり返せば、人間関係の悩みは、相手と自分は同じと見なすことによる過剰な期待から生まれる。そうではなく、自分とは異なる存在ということを前提に、そこから他者との関わり方を考えていこうというのが、菅野先生の考えだ。それによって、相手との心地の良い距離感を考えるようになるからだ。それは、友だちのみならず、恋人や家族でもそうだ。なぜなら、恋人や家族という緊密な関係であっても、自分とは異なる存在だからだ。

ただ、ここで注意しておきたいことがある。よく人間関係の悩みへの対処法として、「相手に期待しない」というのが挙げられる。しかし、著者はそれを推奨しているわけではく、明確に否定している。

こう言ったからといって、「人は皆他者だから心が通じ合うことはない」といった諦めの態度を勧めているわけではない。他者への信頼を否定する「ニヒリズム」からは何も生まれない。ぼくが主張したいのは、違う人間であることを前提に出発したほうが、「親しい間柄」や「信頼できる関係」をどのように作っていけるかということを丁寧にとらえようとする「配慮ある関係」が作れる可能性があるのではないか、ということだ。

p.91~p.92

僕も菅野先生の意見に賛成だ。「人に期待しない」という態度からは何も生まれない。それに僕は別の観点からも否定的だ。それは、「人に期待しないという態度がどれほど現実的か、ということだ。はっきり言えば、それは無理なんじゃないかと思う。

お店に行けば、店員さんが商品を売ってくれることを期待する。自分ではできないことを、誰かがやってくれると期待する。こうして、相手に期待し期待されることで僕らは生きている。その意味で、相手に対する期待度を0にすることは無理なんじゃないだろうか。もし本当にそうしたかったら、無人島に行くしかないだろう。

「人に期待しない」というアドバイスは一見強力だ。しかし、よくよく考えてみると、実現可能性はほぼ0で、僕は無責任のように思える。

相手に過剰に期待を寄せない。かといって全く期待しないという態度も選ばない。100か0かという極端な発想ではなく、その中間地点で上手くバランスを取る。それが難しいことは十分承知しているつもりだ。それでも、相手との違いをベースに、適度な距離感を構築し保っていくことが大切だと思う。

終りに

ここまで、「他者」というキーワードとそれが意味するところを見てきた。一方で、触れられなかった点が多い。むしろ9割の内容について紹介できなかった。そのため、紹介できなかった部分については、お楽しみということになる。

本書で使われる言葉はとても平易で読みやすく、読者に暖かく語りかける。だからといって、心地の良い言葉で逃げず、地に足ついたアドバイスをくれる。そして、ちょっとずつ前に進む、自分なりの一歩を踏み出す勇気が湧いてくる。

他者との関わり方に悩んでいる人、少しでも気になった人はぜひとも読んでみてほしい。



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