見出し画像

ベートーヴェン : 《合唱幻想曲》


※ 過去の公演プログラムに掲載された楽曲解説です

ベートーヴェン:ピアノ、合唱と管弦楽のための幻想曲 ハ短調 Op.80 《合唱幻想曲》

 ベートーヴェン(1770~1827)は生涯の拠点としていたウィーンにて、「アカデミー」という新作披露の演奏会を折に触れて催し、自ら指揮やピアノを担当していた。

 1808年の年末アカデミーの演目は、ピアノ協奏曲第4番、交響曲第5番、第6番などが決まっていたが、演奏会の華麗な締めくくりとして、ピアノの為のファンタジアをオーケストラと合唱が次第に加わりゆく形で作ろうと、直前になって思い立つ。先の3曲だけでも大変なプログラムというのに、さらに書き下ろすとは何とも贅沢この上ない話である。

 充分なリハーサルもなされないままでの開催となったこともあってか、最後に奏されたこの合唱幻想曲は、本番で途中から演奏をやり直すというハプニングも。繰り返しはしないことになっていたにもかかわらず、ピアノを受け持っていたベートーヴェン本人がうっかりリピートしてしまった為、先に進んだオーケストラと当然合わなくなり中断を余儀なくされてしまう。しかし最初からやり直した演奏は滞りなく進み、奏者も聴衆も胸をなで下ろしたのだった。

 曲はピアノのみの第1部、オーケストラが徐々に加わりゆく第2部、合唱も入る第3部と、大きく3部に分けられる。

第1部 アダージョ ハ短調

 独奏ピアノによる幻想的で即興調の音楽が自由に奏でられる。初演時はベートーヴェンが譜面なしで即興で奏し、後日改めて作曲された。

第2部 アレグロ  ハ短調

 序奏はチェロとコントラバスが歯切れの良いタッチで行進曲風のリズムを刻む。対するピアノは装飾的な音で優しく応じ、少しずつ会話を進めていく。

 やがてホルンとオーボエが3度ずつ交互に合図の知らせを鳴らす。

 そこからピアノで主題が提示され、フルート、オーボエ、クラリネット、弦楽器、ティンパニと、短い変奏ごとに楽器が加わり次第にフルオーケストラの合奏と発展してゆく。
 この主題は、1795年に作られた歌曲〈愛されない男のため息~愛の返答〉からの転用で、行進曲調であること、リズム、メロディーラインや構成など、晩年の集大成《第9》の〈歓喜の歌〉と酷似している。
「愛の訴え、そして応えてくれる愛、自分を愛してくれる存在を知ることの、天上の喜び」がドラマティックに歌われ、ベートーヴェンが生涯抱き続けた「愛」への思いがここに現れているようだ。

 変奏を終えてからはピアノソロの活躍や、ピアノとオーケストラの掛け合いなどが続き、第2部の冒頭の主題の再現を経つつピアノの華やかな導きによって第3部へ。


第3部 アレグロ・マ・ノン・トロッポ ハ長調

 女性ソロ三重唱、男性ソロ三重唱から優しく入ってゆき、「生き生きと調和の取れた我らの歌は快く優しく愛らしく響いてゆく」、「音楽のふしぎな力に支配され、神聖なる言葉が語られると、栄光が形を成す」と歌われ、やがて合唱が「愛と力が手を取り合うと、神の恵みに人は報われる」と高らかに歌い上げて晴れやかに幕を閉じる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?