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牛皿定食、ご飯大盛りで。


小学生の頃からの憧れの大女優、あの人って吉野家とか行ったことあるのかな。

ひとたび「牛皿定食」を注文してしまえば、大変安く、無限にご飯を食べ続けることができるという神システム、きっと知らないだろうな。
というか興味もないだろうな。
Uberでなら食べたことくらいはあるかな。

なんてくだらないことを、今日も今日とて考えている。

ここは「吉野家 東銀座店」。

仮にたった一日、その大スターと好きに過ごせる権利を得たとしよう。

私は絶対、吉野家に連れて行く。

意思は固い。
誘い文句はもう決まっているのだから。

◇◇◇

「たまには豪勢に、銀座でランチとかどうだい?予約しなくても待たずに入れておいしいとこ、知ってるから。」

大学時代、学部の先輩にそう誘われて連れてこられたのがここ、吉野家 東銀座店である。

少し緊張気味に東銀座駅の改札を抜け、大人の街に降り立った私。
先輩の後について少しばかり銀座の街中を歩き、先輩が歩みを止めたのに合わせて立ち止まった。
左手には、見慣れたオレンジの看板。

やられた。

すっかりそそのかされた。
右を向けば、先輩が腹を抱えて笑っている。

さっきまでの緊張を返してくれ。

口に出したかまでは覚えていないが、確実にそう思った。

呆れながらも、気持ちを切り替えて大人しく目の前のオレンジの店に入店した。
先輩のユーモアを讃える気持ちも、同時に芽生えていたからだ。

先輩は、幸せそうに牛皿定食を注文した。無論、ご飯は大盛りで。
スタンダードな牛丼系のメニューしか注文したことのなかった私も、なんとなく真似して定食を頼んでみた。ご飯は並盛りで。
先輩が少しだけ怪訝そうな顔をしたことには、気がついていた。

数分後、先輩はご飯をおかわりした。
また、大盛りで。

正直、「胃袋のキャパシティどうなってるんだ?」と思ったが言わなかった。
先ほど先輩が不機嫌になった理由がなんとなくわかったこともあり、言える状況ではなかった。

二人はほぼ同時に、牛皿定食を食べ終えた。
先輩は私の分の、そう、ご飯並盛りの牛皿定食のレシートも手に持って、レジへと向かった。
私は何も言わず、先輩に軽く会釈だけして店を出た。

なんとなく、銀座にまで来て牛丼屋ランチを奢ってもらったことに対して、過剰に感謝を伝えるのは気が引けた。
先輩は店から出てくるなり、「お礼もなしか!」と笑顔で私の肩を叩いた。

もちろん、とても感謝はしていた。
ユーモアも含め、いい先輩だなと心から思っていた。
それだけに、私からの「ありがとうございます」の後、先輩に「まあ牛丼だけどな」と言わせたくなかった。

私は私なりに、無礼な後輩を演じた。
だが、せっかくの大盛り無料の便益を享受できなかったことは、心残りだった。

その日以来、私が牛皿定食を注文するときは、決まってご飯大盛りだ。

では、また。

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