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パレスチナの人々のあたたかさ【イスラエル・パレスチナ旅行記3】


こんにちは!yukiです。

今日はイスラエル・パレスチナ旅行記の3回目。

6日連続でお届けしています。

1、2回目では、
イスラエルとパレスチナの歩みついて
ざっくりとお話ししてきました。

今回は、
パレスチナの2つの町での
出来事
を書いていきます。

それでは、どうぞ!

(※この記事は、2016年の旅を“旅行記”としてまとめたものです)



人々のあたたかさ


パレスチナの事実上の首都である
ラマッラーの街から、
北へ移動することにしました。

セルヴィス(乗合バン)に乗って、
賑わう街を後にします。

郊外に出ると、
ひたすら乾燥した大地が広がっていて、
頻繁にオリーブ畑が目に入ってくる。

道は整備されていて、
気持ちのいい移動です。


数時間で到着したのは、
ナブルスという大きめの街。

ナブルスでも、
歩いているだけでたくさんの人が
「ウェルカム!」って声をかけてくれます。

パレスチナの人々の温かさは、
本当に心に沁みてくる…。


目星をつけていた宿に行くと、

「なんだって、日本人?!
 はるばるありがとう、
 ウェルカム!ウェルカム!」

と大歓迎のご主人と娘さん。


宿代は100シェケルと言われました。
(パレスチナは独自通貨がないため、
 イスラエルシェケルを使っています)

「高っ」

思わず口にしてしまいます。

当時のレートで約2600円。
(今のレートだと約3700円!汗)

トルコですら、
1000円以下で泊まれたのに…

イスラエルは日本より物価が高いですが、
パレスチナも安くないのです。

「いくらがいい?」

「うーん、80…」

「OK!」


うわあ!
値引きが下手すぎる!
後の祭りです。


荷物を置いて、
ご主人に地図を借り、
外へ出ます。

ナブルスは坂の多い町。

市場へ行ってみようと、
下へ下へと歩いていきます。

「ハロー!」

街の子どもたちはとても元気。
あちこちで声をかけられました。


長い階段の途中で会った子たちは、
遊んでくれる人だって分かると
大はしゃぎです。

近くの家からおばちゃんが顔を出して
「静かに!」って言われてしまいました。

「バーイ」と解散していくみんな。
怒られちゃったね、ゴメン…

ありがとう、元気でね!



市場は、とても賑やかで、
活気にあふれていました。


「おーい!
 これ持っていきな!」

あちこちで、
パンやフルーツやお菓子を渡されます。

パレスチナの人たちは本当に親切。


分離壁に囲まれた町


ナブルスに到着した翌日。

日帰りで、
カルキリヤという町へ
行ってみることにしました。

パレスチナを移動していると、
ときどきCGのような住宅地
目に入ってきます。

※カルキリヤへの道とは別の場所で撮った写真です

これは「ユダヤ人入植地」

つまり、パレスチナ内に
ユダヤ人が移り住んだ場所です。


ラマッラーで会った現地の人は、

「入植地はあっという間に
 でき上がっちゃうんだ。
 そしたらもう私達は入れなくなる」

と言っていました。

ユダヤ人入植地は、
パレスチナの土地に無理やり作るがゆえ、
厳重なバリケードが張り巡らされて
軍の警備もつくのです。

なぜこんなことをするかというと、
入植地を作ることで、
実質的に領土を増やせる
から。

一方的に占領するだけの
軍事力があるので、
無茶苦茶なのに実現できてしまうのです。

日本を含めた世界の国々は、
このユダヤ人入植活動を批判していますが、
イスラエルは止めようとはしていません。


さて、到着したカルキリヤも、
大きな問題を背負わされている町。

イスラエルとの国境付近にあるこの町は、
北と西を分離壁に、
南をイスラエル専用道路に囲まれています。

町へ通じるのは、
東からの一本の道のみ

もともと四方へ行けたのに、
いきなり身動きが取れなくなるなんて、
考えるだけで恐ろしいですよね。

でも、町を歩いている限りは、
重苦しい感じはしませんでした。

外国人は珍しいのか、

「一緒に写真撮ろう!」

って何回も言われます。


ハイスクールの男の子たちなんて、
ジュースやアイスを買ってきてくれたり。
年上なのにごめん!汗

1時間くらいおしゃべりしてました。
楽しかったなあ。


カフェの中から
店員のお兄さんに呼ばれて、
ご馳走してもらうことも。

「ここでの暮らし、どうですか?」

「一本しか道がないのは、やっぱキツいよ。
 何とかやっていけてるけど、
 囲まれてるってのは嫌だよね…
 これから何か起こったらと思うと、
 恐ろしくなることもある。」



分離壁の方に歩いてみます。

中学生くらいの少年が、
「ついてきて」って案内してくれました。

これは心の壁でもある…。



町に戻る途中、
農家のおじちゃんに声をかけられ、
お茶とフルーツを出してくれます。

英語を話さない方たちだったけど、
とても温かい気持ちにしてもらいました。
ありがとうございます!


案内してくれた少年と別れるとき、

「ありがとね、
 これでジュースでも飲んで!」

と少しお小遣いを渡すと、

「え、僕にくれるの?なんで?」

って目を丸くしていました。
なんて純粋なんだ…

動物園と子どもたち


少年と別れた後は、
地図に動物園と書いてあったので、
気になって行ってみることに。

けっこう広い動物園でした。

カバ、ワニ、ダチョウ、クマ、クジャク、
いろいろ動物がいます。

公園やミニ遊園地も併設されているので、
いい遊び場所ですね。



カルキリヤの町には、
子どもがかなり多い感じがしました。

写真を撮ると、

「アナ!アナ!(僕・私も!)」

と割り込んできます。

いかにも覚えたての英語で、
どんどん話しかけてくる。
元気でいいことです笑

なんて沢山のエネルギーを
分けて貰えたことでしょう。



セルヴィス乗り場へ向かう途中、
道着姿の少年たちとすれ違いました。

なんと彼らは、
空手の稽古の帰り道!


「日本人?!
 カラテやってる?!」

ごめん、日本人だからって、
みんなやってるわけじゃないのよ笑

それにしても、
まさかパレスチナの小さな町で
空手を学ぶ子たちに出会えるなんて。

先生はどこで学んだのかしら。
(道場にお邪魔してみれば良かった…)

感慨深くなった夕暮れどきでした。



最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

次回もパレスチナ自治区について
お伝えしていきますね。

それでは、今日も良い1日を!


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