「まっすぐ言われたNO」とは?「短歌西荻派の夕べ」@西荻窪・今野書店

少し間が空きましたが、「短歌西荻派の夕べ」の続きです。
 
最後に、枡野浩一さん、木下龍也さん、山階基さんのお三方が会場及び動画視聴で参加していた方からの質問に答える時間がありました。

Q 「装幀の他に、歌集のタイトルを決める際に気をつけたところがあれば教えてください」
 
A 木下さんによると、最新刊「オールアラウンドユー」のタイトルを決めたのは
出版社・ナナロク社の村井さん。
 
木下さんの
『詩の神に所在を問えばねむそうに答えるAll around you』
という歌を見た時、村井さんは
「木下さんの第三歌集ができる」
と感じ、作品の一部がそのまま本のタイトルになったそうです。

枡野さんは
「(元の作品のまま)英語にする可能性もあったのに、カタカナにしているところがかっこいい」
とコメント。
(カタカナにすることも村井さんが決定)

山階さんの歌集の「風に当たる」というタイトルは、歌集の最後に収められている連作「風に当たる」からつけたそうです。
 
「熟語とか漢字が多いタイトルが僕の本についてるのは何か違うと思ったし、あまり見たことないタイトルにしたいと思った。
普段使いの言葉のタイトルにするといいかなと思った」
とのこと。
 
「自分が普段触っている言葉で、難しすぎずカッコ良すぎない言葉」
を選んだ、とのことですが、この歌集に載っている山階さんの作品からもまさにその通りの印象を受けました。
 
枡野さんは何冊も本を出されていますが、(歌集だけでなく、小説やエッセイも)やはりどの本のタイトルにも思い入れがあるのだとか。
 
今回の新刊の「短歌をタイトルにする」というアイデアは、デザイナーの名久井直子さんから出たそうです。
 
(ちなみに、名久井さんは木下さんの「オールアラウンドユー」の装丁も担当)
 
最初に候補になっていたのは
「心から愛を信じていたなんて思い出しても夢のようです」
という別の歌。
 
でも、名久井さんが
「若い人にわかるかしら。
色々経験した人でないと、その歌はわからない」
という意見だったので、
「もう少し若い人にもとどくように」
と、教科書にも載っている作品
「毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである」
をタイトルにしたのだそうです。

わたしもバブル期に毎日ばんばんダイレクトメールが郵便受けに届いていたことを知っているので、この歌の意味することはよくわかります。
 
枡野さんを特集する「短歌研究」の論評でこの歌について
「『あなた』以外の他の人からそんなに手紙が来るのは羨ましい」
ということを書いた方がいて、枡野さんは
「まさかそう言われるとは思っていなかった」
とショックを受けたそうです。
 
DM(ダイレクトメール)が郵便受けに毎日どさどさ届いていたことを知らない世代には、作者の枡野さんが意図したことと違う形で捉えられてしまうのですね。
 
「今だってDMはなくても迷惑メールはたくさん届く、それと同じこと」
と世代性を感じたのだとか。

Q 「枡野さんがこのイベントの告知をした時に
『自信をなくして卑下していた頃、木下龍也氏にまっすぐ言われたNOを忘れない』
と書いていた。
そのことについて話してほしい。」
 
A 枡野さんは、昔、自分の本がほぼ絶版になっていた時期が長かったそうです。
 
枡野さんの本は大手から出版されたのですが、かなり売れた後で売れなくなった時に本は「財産」と見なされるので、出版社が「断裁」してわざと捨ててしまうため、絶版になってしまう、という流れのようで。

「どの本も手に入らなくならなくなっていた時、数年前に雑誌『ユリイカ』の短歌特集に呼ばれて弟子の佐々木あららと
『短歌ってちょっと他ジャンルの劣等生がする、みたいなところがある』
という話をしていたら、木下さんがそれを読んで
(面と向かってではなかったかもしれないが)
『違うと思います!』
と熱い感じで言ってくれたことがあった。
 
木下さんが
『短歌はもっと可能性あるものだ』
と情熱を伝えてくれて、僕は反省した。」
 
当時、書店に行っても
枡野さんの本は一冊もないのに歌人の穂村弘さんのコーナーには山のように本がある、という状況だったとか。
 
そんな時だったので、枡野さん曰く
「ちょっとやさぐれた気持ちが出ちゃったんだと思う。」
 
その時に木下さんに
「そんなことないです」
ときっぱり言われたことが、胸に残ったのだそうです。
 
「やっぱり『届けたい』という思い、『短歌は伝わる』という思いがないと
伝わらないと思う。
諦めちゃダメだと思う。」
 
ちなみに、木下さんはこの時のことを全く覚えていなかったそうで、こんな風に話していました。
 
「多分その時は自分も『短歌頑張るぞ』と思っていた時で、尖っていたと思う。
今ならもし枡野さんがそういうことを書いて『そうじゃない』と思っても、書いたり言わないと思う。
 
短歌をやっていると、自分のやっているジャンルとか自分自身を変に卑下しようとしたりする。 
その言葉で自分を縛ることになる。
 
そういうことを言わないようにしてから、気持ちも楽になった。」
 
短歌を作っている方にそんな葛藤があるとは。
 
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 
*先日、別のイベントで木下さんにサインをいただいたのですが、なぜか
「枡野さんのイベントにも来られていた方ですよね」
と覚えていてくださいました。


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