#180 本物の日曜礼拝に参加・・・ニューヨーク1人旅 2018年11月18日(日)18日目・・・1

今日も気持ちよく目覚めてiPhoneを開くと、日本から〝誕生日おめでとう〟メッセージが届いていた。
New Yorkの朝は日本の夜、数時間は同じ日なのだ。凄く嬉しかった。
親しい人の中には、あえてNew York・Manhattanで誕生日を迎えるように、この時期に来たことを知っている人たちもいて、一緒にお祝いをしてくれているようで嬉しかった。

今朝も、宿のオーナー・陽子さんお手製の、スクランブルエッグを朝食にいただいて、元気いっぱい。

これから、ご近所のBrooklyn Tabernacle教会へ、日曜礼拝に行く。
New Yorkに来て4日目に行ったHaremの教会ツアーでは、ほとんど中に入れず、ゴスペルにもあまりふれられなく残念だった。

普段は、お祈りとは全く縁がなく、困ったときの日本の神頼みだし、特定の信仰も持っていないし、思いっきり観光客だけど、本物の日曜礼拝にふれてみたい。
陽子さんに教えてもらい、宿から徒歩10~15分ほど離れた教会に出かけた。

到着すると、入り口には2,30人ほどの列ができていた。
私は部外者なので、神聖な方たちを差し置いてしゃしゃり出てはいけないと思い、少し離れて入場を待った。

しばらくしてみんなが中に入り始めたので、後ろからついて入った。
入ってすぐのホールは広く、雰囲気がGrand Central Terminalに似ていた。
美術館のような彫刻や絵画があって、素敵な場所だった。

礼拝堂内にはいると、私は観光客なので、なるべく目立たないように、後ろの隅っこに座ろうとしたのだが、人の流れに押されて、Christianに混ざってしまった。
席に着くと1つ空けた隣の席には、小学高学年か中学生くらいの、私より背は高いが、顔に幼さが残る、黒人の男の子が1人で座っていた。離れた席に家族がいたかもしれないが、こんな子どもも1人で参加する、神聖な場所なのだ。観光の自分が少々恥ずかしく、申し訳なくなる。

恐縮しながら座っていると、ほうきとチリ取りをもってお掃除をしながら移動している女性と目が合った。黒い肌に真っ白なフリル付のエプロンがよく似合っていて素敵だ。
「ハァーイ」
と優しく声を掛けられ、ニッコリとあたたかい笑顔をくれた。
なぜだか嬉しくて泣きそうになった。どんな人も無条件に受け入れてくれる、懐のあったかさと寛大な感じがした。
日本で毎週これだけの規模で無条件に受け入れてくれる場所を、私は知らない。自分を振り返ったり内省するにはもってこいな気がした。
元々、教会の日曜礼拝とは、そういうものだという先入観があったのかもしれない。

スピーチとともにゴスペルが始まった。1曲目から明るいノリノリの曲。
近くのモニターに歌詞は出るものの、読めない、聞き取れない、意味がわからない、私にはただ音楽を楽しむ礼拝になった。
ところが、どうしたことか、何故か涙が流れてきてしまった。理由はさっぱりわからない。ただ、唯一〝Jesus Love〟が聞き取れて、モニターで確認できた英単語だった。
けれど、私は、普段はお祈りとは無縁で、困ったときの日本の神頼み、信仰も持っておらず、思いっきりただのミーハー観光客だ。

ふと隣のノリノリのおばちゃんを見ると、ロックコンサートみたいに大きく体を動かしながら、手拍子を打っていたのだが、やはり涙を流していた。
なんだ?なんだ? なんだ?この感情は? あーびっくり。

Haremの教会と同様、途中で箱が回ってきて、献金した。
曲と曲の間に説教が入り、また曲が始まる行程が何回か繰り返された。
そして、何曲もの本物のゴスペルが聴けて嬉しかった。

ふと時間を見ると12:30。
もうすぐ終わる雰囲気はあったので、最後まで居たかったのだが、昨夜急遽決めたカーネギーホールのコンサートに行かなければいけない。
すんなりいけるかどうかわからないので、時間に余裕を持って行きたい。
後ろ髪惹かれる思いで教会を出た。

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