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小説「ムメイの花」 #19頼りの花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手には1本の花。



いつもより今日は
2時間も早く立っている。
いつものみんなと待ち合わせをしているんだ。

あるところに行くために。

正確に言えば ”行かされる” 訳だけど。


昨日、花の幽霊に
取り憑かれている!と言われた僕は、
野蛮だと噂の霊媒師の元へ行くことに。

夜暗くなってから行くのは気が引けたので
早朝、決行することとなった。

この時間であれば満開であるはずの花も
今日も相変わらず下を向き、萎れている。

僕の気持ちと同じだ。


早朝だろうといつものように
本を落とすブラボー、
カメラを覗き続けるデルタ、
2本の花を持ったチャーリーが
僕の元へ集まって来た。

それぞれ挨拶をしてから、
みんなが揃ったのを確認し、
チャーリーは言った。

「それじゃあ西の森に向かって歩こう」


西の森はムメイ人の手付かずの場所。
蜘蛛の巣が張り巡らされ、
動物の鳴き声がする。

まだ薄暗く、霧がかり気温も低い。
朝は朝で何となく気味が悪かった。

しばらく森を歩いていると、
木に釘打たれた看板が目に留まった。

『ハイルナ オカエリナサイ』

なんて確信の持てない看板だ。


チャーリーも同じことを思ったらしく
看板を見て言った。

「どういう意味なのかな?
 よくぞ帰ってきたね、の意味なのか、
 帰れ!と言っているのか。

 あぁ、こんなとこ来ていることを
 パパが知ったら
 怒られるだけじゃ済まなさそうだ」

「もし、僕たちに何かあっても
 誰も助けにきてくれなかったら……」

ここに来ることを初めに
言い出したのはブラボーだ。

なのに、1番たくさんの不安を嘆く。


不安は不安を呼んだ。

「やっぱりやめよう、
 パパに怒られちゃうよ」

チャーリーは
自分の持っている2本の花を
両手で抱え、僕にピッタリとくっついてきた。

気が付けばブラボーも同じように
本をぎゅっと抱え、僕にくっついていた。

物音がする度、いちいちビクッと体が動く。
呼吸が浅くなり、体が強張っていく。
指先は次第に冷え、足取りも重い。


一方デルタは1人、
何も疑うことなく黙々と前に進む。
カメラを覗き、止まることはない。

デルタはカメラを覗いているから
前に進めるんだろうか?

カメラを覗くと
花畑にいるように見えるとか?

花畑……


日に日に弱くなっていく右手の花。
それでも今は強力な
頼りになるお守りだった。

目で見え、確信の持てるもの。
今の僕には花がなければ先に進めやしない。

そうか。
なんやかんやで
僕が数字を扱って来れたのも
確かなものだったからなんだ……

感情を失うことにはなったけど、
数字の世界が安定した世界だと再認識できた。

わざわざ花と共に
不安定な世界を求める必要もない。

「みんな、戻……」


僕が途中まで言いかけると、
前を向け!と言わんばかりに
強い追風が吹いた。

風とともに何かの香りがする。
えぐみや苦み、青臭さを含んだ、
どこかで嗅いだことのある香り。

独特の香りは
顔をしかめそうになったけど、
それは気のせいだったようで
ふんわり石鹸のような
優しい香りが広がり心地良さを感じた。

優しい香りは
古い記憶までのせてきた。

小さいときに何かに包まれた感覚。
黒い姿の誰かが言う、あの言葉。

「ハナ ヲ ミヨ。
オマエニ フソクスルハ、
ハナヲ ミルチカラヨ」


この状態でこの言葉を思いだすなんて。


先頭を歩いていたデルタが
カメラを下ろし、急に立ち止まった。

密着していた僕たち
オトコ3人もならって立ち止まる。

茂みの中、見えてきたのは廃れた建物。

かつては大勢の人が
集まっただっただろう雰囲気はある。

本当に霊媒師のいる所かは疑いが隠せない。

埃まみれの屋根に掲げられた
かろうじて読めた文字。

『CHAPLI』

地面にはNらしき文字が落ちていた。


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