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柄の“かなり少ない”着物について

柄の少ない着物をつくるのは大変難しいです。

しかも、柄そのものが小さく、かつ、とても少ない場合、柄の配置・配色にとても苦心します。

なぜなら、構成要素が少ないからです・・・と当たり前の事を言うしかないのですが・・・まだ平面なら簡単なのですが、着物は着る人の寸法に仕立をして、さらに着ると立体になるわけですから「着用時に最も良い柄の配置」を導き出すのは困難を極めます。

また、和裁士さんとの解釈の違いが出やすいので、和裁士さんのご意見も伺います。

決して、安いものを制作するためとか、手抜きで柄を少なくしているわけではなく、

色無地の染め物ではちょっと寂しい
でも、型染めの小紋ではなく
柄が少なめの付下げとも違う
織の着物でもない
気の利いた柄が、少しだけついた染の着物

という要望があるので、作るのです。

この記事のヘッダー写真は、その「柄のかなり少ない着物」です。全体像にすると、写真では見えなくなってしまうのでUP画像を・・・「雪華紋」のなかでもあまり雪を連想させない図形のようなものを「柄の大きさは小さく、数は極力少なく」着物の主要部分にパラパラと配置した着物の左前袖と、左胸、衿の部分です。雪華紋は盛夏か冬に使う事が多いですが、こちらは殆ど雪を連想させない形ですので、盛夏以外に着られるようにしてあります。生地は、先練糸を使った立涌の地紋のある、トロンとした絹らしい生地を使っています。

以前は着物を沢山お持ちで良くお召になる方から、そのような「柄が少なく目立たない着物」のご要望が多かったのですが、今ではそのようなご要望が自然に増えつつある感じです・・・

ここ20年ぐらい「着物は柄や色が抑えめで、帯や小物でコーディネート展開する、クールな雰囲気の着物」が世の中の席巻しておりまして、2018年前後から少しその流れは落ち着きましたが、その派生として「クール過ぎない雰囲気の柄の少ない着物」のご要望が増えた感じです。(まだ“スタンダードの一種”までにはなっていませんが)

実際「ちょこっとだけ柄がついている着物」は便利なのです。

しかし、上で書いたように、制作はむずかしい。

和装は、柄も柄付けも裁断のパターンも、だいたい定番が決まっています。

特に長着(普通に言う着物)は、洋服で言う「パターン」が、ほぼ決まっているので、柄の付け方も既に出尽くしている感じです。

まだ、柄が多ければ、いろいろな変化を付けるのはやり易いですが、その出尽くしているなかから、最小限の柄で今までになく、かつ汎用性のある柄の配置や柄自体のデザインをするのが難しいわけです。

ですので、当工房では着物の図案を起こす際には、和装用の「トルソー」を使います。それで「立体的に考え柄を配置する」わけです。最近は、着物の図案を起こす際にこのトルソーを使う人が増えているようです。ウチは26年ぐらい前から(2022年時)使っています。帯の図案をチェックするのも、このトルソーに当てて観ると分かりやすいです。

図案は、置いて平面的に観るのと、実際に巻いたり立てたりして観るのとではかなり雰囲気が変わります。置いて平面的に観た時には良く観えても、立体になるとダメ、という事は良く起こります。

和装用トルソーなので、洋服用よりも寸胴に出来ています。日本人女性に多い身長156〜162cmぐらいの人に対応出来るような高さに設定してあります。

トルソーだけでは雰囲気が掴めないので、

【トルソーに巻いて柄の配置を考える→女性スタッフに巻いてチェックする】

という流れで図案を仕上げる事が多いです。

やはり、トルソーと、生身の人間だと「波長が違う」からです。

こういうものは、制作者の表現とか個性とかいう小さい話では出来上がらず「必要と必然」から導き出すしかありません。

また、個人のお客様の別注ではない場合、寸法もご購入されるお客さまによって色々になるので、柄の配置がそれに対応するような汎用性がなければなりません。

これがまた難しい。

柄が多いと視線が分散して柄がズレてもあまり目立たないものですが、柄が少ないと、目立つわけです。

和裁士さんと相談しつつ進めないと、分からない事が沢山です。

・・・といった具合に「柄の少ない着物は難しい」のです。

しかし、柄の少ない着物で、柄のデザイン、柄の配置、柄の色、地色などを上手くまとめる事が出来ると、帯や和装小物による展開の振り幅が大きくなるので、

【柄は少ないけども、帯や小物の展開で、程良く華やかで使い勝手の良い着物として使いやすい】

となるわけです。

以下はそんな「柄の超少ない着物」のなかでも変わり種です。

こちらは独立して間もない31歳ぐらい時の作で、もう26〜7年前(2022年時)の作品です。

独立した当初から、こういう仕事をしておりました。

白い小さい粒に大小を付け、ふたつ並べてジグザグに配置しただけの柄の「中振袖」です。

地色は草木染で染めた焦げ茶で、白い花が全面に描いてある「三度黒」(草木染)の染袋帯も合わせて染めました。

八掛は金茶で、掛衿も金茶にしました
画像ではタイコ結びになっていますが、成人式の際には飾り結びにしたそうです

こういう着物と帯なら、結婚した後も、袖を詰めれば日常に着る事も可能です。

振袖は「袖を詰めれば結婚した後も着られる」とは言われるものの、殆どの振袖は、そのように出来ていません。昔の豪華な注文制作の振袖の場合、結婚後に普通の丈の袖に付け替えるための袖を別に染めておき、一緒に納品するケースもあったそうです。もちろん、その振袖自体が普通サイズの袖に付け替えても破綻が無いような柄付けにしてあります。今、そんな贅沢な振袖を注文する人はいないかと思います・・・私は新しく制作された、そのような振袖の現物を観た事はありません。

話が少しずれました・・・

上記の焦げ茶地の中振袖に合わせる小物を揃えるのに、いろいろなお店にこの中振袖を持って行きましたが、業者の皆さんからは「ず、随分地味な振袖やなあ・・(これを着るお嬢さんが可哀相や・・・)」という感想でした。それはそうですよね。異端過ぎる振袖です。

しかし、これを着た娘さんは大喜び、周りが皆同じような総柄の、似たような柄の振袖ばかりで、似たような袋帯と帯結び、似たようなヘア、髪飾り、メイクだったのが、自分は全く違うので、良い意味でとても目立ったのだそうです。

なぜ、柄が少なく、渋い色味のこの中振袖を制作したかと言えば、これはもう単純に今で言う「似合わせ」です。そのお嬢さんは、活動的な感じで、このような色、柄がとても良く似合ったのです。普通一般の振り袖の文様や色味や着付けだと逆に似合わない感じでした。

この中振袖は少し特殊な例ですが、現代和装では「似合わせ」と「コーディネートを広く展開出来る事」は、とても大切な要素です。これから、このような「柄の超少ない染着物」の需要が増えて行くのではないかと思っております。


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