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【日記】あの日、突然遺族になった

今日は早朝から山へ。
車の中で5時46分を迎えた。
阪神淡路大震災から29年。
その後、いくつもの大震災があり、たくさんの方が亡くなり、さらにたくさんのご家族が遺族となった。

東日本大震災の時、ボクは仲間たちと独自に支援活動を行なった。
最初は物資支援、それから獅子舞の再製作や、支援者をアテンドするツアーなど。
その間に、マスコミの記者から取材を受けることもあった。
ほとんどの記者は最初から答えを用意して、そこに誘導しているようなインタビューだった。被災地の窮状や、届かない支援の手、など、分かりやすく同情を引く内容にしたい記者が多かった。
しかしこの人は違った。
日本経済新聞の内田洋一さん。
お元気でおられるだろうか。
彼もまた阪神淡路大震災の被災者で、彼が10年の歳月をかけて書き上げた本を、ボクはいただいた。

あの日、突然遺族になった
阪神大震災の十年
内田洋一著

しかし、いただいた当時、30ページほどを読んだところで、それ以上読み進められなくなってしまった。
遺族になった人たちのそばにいるボクにとって、あまりにも迫るものがありすぎて辛かった。
それだけこの本は、突然遺族になった人たちの痛みを、余計な演出は一切加えず、淡々と伝えている。それだけに、胸に迫ってきてしまう。
自らも被災して、あの時の惨状や遺族たちを間近に見てきた彼だから書けたのだと思う。
そして、突然遺族となってしまった人たちの心のケアの難しさを感じる。

しかし、この本を読んでいて気がついたことがある。
この本のタイトルから「突然」を抜くと、

あの日、遺族になった

になる。
当たり前だが、誰もが遺族になるのだ。
ボクが死ねば、妻と娘が遺族になる。
ふたりの痛みが少しでも軽く、早く癒えるにはどうしたら良いかと考えると、それは、ボクが楽しく、充実した人生を送ることなんじゃないかと思う。
良い人生だったよね、そう思ってもらうことなんじゃないかと思う。
これは、ボクが父を亡くしたときに思ったことだけど、その時のこともそのうち書いてみたい。
そして、家族を亡くしてしまったら。自分が遺族になってしまったら、どうしたら早く癒えるのか。
それはやはり、普段から愛することなんだろうと思う。
自分のためにも、家族のためにも、愛し合うこと。
震災が起こった日は、ボクにとって、そういう日常で忘れていることを思い出す日なのかも知れない。

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