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【ショートショート】スキャンダルはガムの味

(1481文字)

芸能界の裏組織があるという噂は聞いていた。しかし、本当にあるとは信じていなかった。
そして今、その組織の男が目の前にいる。

「Tさん、ずいぶんのご活躍ですね。今やテレビであなたを見ない日はない」
少し禿げかけた頭髪の男は、ソファの背もたれに体を預け、薄く色のついたメガネの向こうでニヤリと笑った。
「ありがとうございます」
私は警戒しながらそう答える。
「芸人だったあなたが、情報番組のMCに抜擢されてから何年でしたっけ?」
「5年です」
「すっかりタレントとしての地位を確立されましたね」
男の目が何かどす黒い光を放っているように見える。
「ええ、まぁ、運が良かったんです」
「私たちの組織はご存知ですよね」
「はい、噂程度ですが」
「それなら話は早い。今回はあなたの番ですよ」
「私の番?」
「とぼけちゃ困りますよ」
男はそう言って笑うと、ソファの背もたれから体を離し、身を乗り出すようにして言った。
「スキャンダルですよ」

その噂は聞いていた。
毎日のように芸能人のスキャンダルが取り沙汰され、私もMCを務める情報番組で取り上げてきた。
しかし、それらのスキャンダルのほとんどは仕組まれたものだという噂だ。
「あなたの場合は、不倫ということで。お相手はあなたの番組のアシスタント、アナウンサーのMさん」
「ちょっと待ってください。彼女とはやましい関係はありませんよ」
立ち上がろうとする私を、男はまぁまぁとなだめる仕草で腰を下ろさせた。
「事実かどうかはどうでも良いんです。視聴者はスキャンダルが欲しいだけですから。それもなるべく人気者のね」
「妻にはなんと言えば良いんですか」
「ご安心ください。奥様には私どもの方からご説明いたします。離婚に至るようなことはありませんよ」
次の言葉が出ずにいると、男はゆっくりと諭すように話し始める。
「良いですか、これはあなたの役割なんです。芸能界を維持するためのね。人気が出たらスキャンダル。これが芸能界の鉄則です。あなたにも従っていただく」
そう言うと男はカバンから一枚の写真を取り出した。
「ネタ元になる写真はこちらで制作しました。明日、これが週刊誌にスクープとして掲載され、あなたは謹慎。でもご安心ください、謹慎期間もギャラは出ます。全ての番組のギャラを合わせた倍以上の額です。謹慎期間は、そうですねぇ、半年くらいでしょうか。休暇だと思ってのんびりしてください」
私は呆然と男の話を聞いていた。
事務所の外からパトカーのサイレンが聞こえる。その音が聞こえなくなってから、ようやく私は口を開いた。
「謹慎後、私はどうなるんですか?」
「もちろん情報番組は降板になります。ですが、代わりにゴールデンタイムのバラエティ番組をご用意しましょう」
「しかし、不倫タレントとして見られるようになりますよね?」
そう心配する私の顔を見て、男は笑い飛ばした。
「心配ありませんよ、視聴者は何も覚えちゃいない。まぁ、バッタみたいなモンです」
「バッタ?」
そう、みんなでワーッとやってきて、食べ尽くすとまた新しいスキャンダルに向かって飛んでいく」
私が今いち理解できないような顔をしていると男は話を続けた。
「言い換えれば、スキャンダルはガムです」
「ガム?」
「そう、味がなくなれば捨てられるだけ。誰も捨てたガムのことなんか覚えちゃいない」
「断るとどうなります?」
「どうなるかは簡単に想像できるでしょう」
男は不敵な笑いを浮かべながらそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

謹慎期間は予定の半分の3ヶ月で終わった。
私のガムはそれほど美味しくなかったということか。
そもそも人の記憶なんて、そう長続きしないのかもしれない。


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