甥っ子から体内記憶を聞いた話

子供の中には、お母さんの体内にいるときの記憶を覚えていて、ある日突然その時の話をするということがあるのだそう。

それを「体内記憶」というのだけど、私がそのことを知ったのはもうずいぶん前に見た「かみさまとのやくそく」というドキュメンタリー映画だった。

そんなことがあるのかと思う人もいるかもしれないけれど、私はこの映画にとても感動したし、実際に自分も体験してみたいと思った。
とはいえ私には子供がいない。なので、一生体験できないことだと思っていた。

ところがその日は突然やってきた。
家族旅行に出かけたときの車中でのこと。私は上の甥っ子の隣に座っていた。

「ねぇね(私の呼び名)、ちょっと来て!」

その頃の甥っ子はおしゃべりを楽しんでいるような時で、時々内緒話みたいな感じで話すことをしたがっていた。
もっとも内容と言えばまったくもって内緒にするような中身ではないけれど、その雰囲気を楽しみたいだけだと思っていたから、私としては付き合ってあげるかくらいの気持ちで、甥っ子の口元に耳を近づけた。
すると、

「ねぇねはねぇ、魔女だったんだよ!」

はっ!?
予想もしなかった言葉に驚いたけれど、子供は色んな事を言うし、私自身子供の意味不明なトークが面白くて好きだったので、続きを聞きたい気持ちで答えた。

「ねぇねは魔女だったの?」

「そうだよ!ねぇねは魔女で、『カイ』っていう青いオオカミと一緒にいたんだよ。でも『カイ』は死んじゃったんだ。」

「へぇ、そうなんだ・・・。」

なんだか物語が出来そうな展開に興味をひかれながら聞いていると、甥っ子の口からさらにとんでもない事実!?が語られた。

「ねぇねは魔女でも、悪い魔女だったの。人を殺しちゃったりしてたんだ。」

「わ、悪い魔女・・・人を殺しちゃったの・・・?」

「そうだよ!」

こ、この展開は一体・・・。甥っ子は一体なんでこんな話をしているんだろう?甥っ子の空想話にしても、私を悪い魔女に仕立てる必要あるのか!?
悪い魔女だということに多少のショックを感じつつも、このストーリーが生まれた経緯を知りたかった私は質問を重ねた。

「〇〇ちゃん(甥っ子の名前)はなんでそんなこと知ってるの?」

「見てたから。」

「見てた?ねぇねが魔女だったのを?それはどこで見てたの?」

「高いところ!」

高いところ・・・そういえば映画「かみさまとのやくそく」の中でも、子供たちは外界のことを高いところから見ていた、みたいな発言をしていたような気がする。ずいぶん昔に見ただけに記憶があいまいだけど、この発言を聞いたことで、これってもしかして体内記憶の話なの・・・!?と気づいた。

とはいうものの、通常の体内記憶は例えば子供が生まれる前にお父さんとお母さんがケンカをしていたとか、現実の出来事の記憶であって、魔女だったなんていうファンタジーみたいな世界のケースは映画にはなかった。

そもそもお腹の中にいる時の記憶があるというだけでも信じがたいと思う人だっているだろうし、仮に子供が
「お母さんは昔妖精だったんだよ!」
なんて話があったとしても、映画にそれを入れることはしないと思う。

ただ私は見えない世界があると信じているし、魔女だろうが妖精だろうが、私が見えないだけで存在しないとは思えない。
だから、甥っ子の話が作り話には聞こえなかったし、何よりも子供のいない私にこんな機会があるなんて信じられないと、喜びすら感じていた。
この機会を逃せない!もう少し聞きたいと思って甥っ子に質問を続けた。

「高いところ?そのとき〇〇ちゃんは生まれていたの?」

「生まれてないよ。」

「生まれてないの?じゃあその時はどこにいたの?」

「おなかの中。」

「そ、そうなんだ・・・。」

私は今まさに「体内記憶」を聞くという体験をしている!話の中身は想像とは違ったし、自分の子供ではないけれど、体験してみたかった体験をしているんだ!!

しかし興奮する気持ちとは裏腹に、自分が悪い魔女だった、しかも相当の悪だったいうこともあって、

「そっかぁ、ねぇねは悪い魔女だったんだね・・・。」

と、少し悲しい気持ちとともにつぶやくと、甥っ子はすかさず平然とした顔で、

「いいじゃん、人間に生まれたんだから。」

と言い放った。

人間に生まれて良かったってことなのか・・・!?私は人間に生まれたかったのか・・・!?

確かに子供の頃から、自分はなぜ人間に生まれたのだろうと考えることはあった。生き物は他にもいるのに、なんで人間なんだろう?と素朴に疑問に思っていた。もっともその答えなど見つからないのだけど、もしかしたら人間になるのを望んで生まれてきたのかも・・・!?なんて思いも浮かんだけれど、何より事の流れに頭が追い付かず、いささか混乱気味の私に対して、さもそのことが当たり前のように言う甥っ子に、

「そ、そうだね。人間に生まれて良かったんだね・・・。」

としか答えられなかった。

私は魔女であった時の自分と、そのそばにいる青いオオカミの姿を頭に描いていた。そういえばオオカミが好きなのもそういうことだったんだろうか・・・。そんなことを思い浮かべながら車の外を眺めていたら、

「見て見て~!」

ふいに甥っ子が呼ぶのでそちらに目を移すと、残りの麦茶が少なくなったペットボトルを上下に振り続けており、麦茶はもはや液体ではなく泡になった状態でなおも振られ続けていた。
ボトルを振りながら甥っ子は言う。

「見て!奇跡が起きた!」

「・・・そうだね、奇跡だね。」





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