VER ひとこと評
「春が好きだ!みんな春の短歌をつくってくれ!」とふざけたことを言っていたら、なんとたくさんの人が集まってくれた。「春短歌企画 VER」に寄せてもらった短歌。やっぱり春が好きだ。ありがとう。
Green
VERのGreenのテーマは「魔法」だった。
春の魔法は誰にでも使える。自分でも気づかないうちに魔法に取り囲まれてまきこまれてしまう。
春風のひと撫であえて片言で話す神父のようなぬるさで 御殿山みなみ
春風の温度というのは、独特で、誰にでもやさしい気がする。神父が片言で話す場面というのは、祈りにまつわる事柄だろうか。
花びらが君の袖から降ってきて小さく春を教えてくれる 知己凛
奇跡みたいな一瞬じゃないか。春の花が舞う瞬間魔法が使えるような気になる。小さく、というささやかさが春の始まりを予見させる。
突然の春の嵐に庭に咲く乙女たちみな激しく踊る 菊池奏子
乙女たち、というのが「咲いた花」という読みなのだけれど擬人化されることで「花」が大きな生命力をもちはじめる。
雑草の群れをカラスノエンドウが赤紫に染めて今、春 野添まゆ子
存在自体の色が変わる、というのは人間が持つことができない。春になる瞬間は自然が教えてくれるのだ。
Pink
Pinkのテーマは「愛」だった。確信がないのに革命的な愛。パキッと決まるような恰好よさはもたないのに、確かに何かが始まるのが春ですね。
手をつなぐ一瞬前に駆け抜けた風を要約するならば春 多田なの
この春は「季節の春」なんだろうか。心の春、ふたりの春、わたしたちの知らない春を体感している。
開かなくていい、行かないで 真っ白な光に濡れる春の踏切 冬桜
目に見えないものへ、もしくはそこにいないあなたへ向けた願いだろうか。踏切の前でひとり、光に涙を奪われる主体を思う。
すべらかな春のくしゃみにまきこまれ花粉症とはめでたい病 満島せしん
この短歌を「粋」と評されていた方がいたのだけれど、まさに粋である。花粉症の人を悲喜こもごも見守る主体が思い浮かばれた。
春/それは誰かの願い/風のなか急転直下おちていくもの 綿津見
妙な説得力がある。「春」は「誰かの願い」で「おちていくもの」なのだ。「誰かの願い」が春なら、なるほど春のもつ煩雑な空気も頷けてしまう。
盗まれた恋心(ファーストキス)ごと取り返す君の唇に映す春色 秘色水梨
ファーストキス=恋心って、かなり重大じゃないですか。それを取り返すための再びのキスだろうか。こうやって人は何度も口付けあうんだろうか。純度の高いドキドキ。
Bule
Buleのテーマは「雪解け」だった。春を得るために必要な冬がある。冬来たりなば春遠からじ。すこしまだ冷たさのある春だ。
指折りを覚えたばかりの弟がかぞえる春風 いち、にい、さん、ごお 草薙
小さな弟なのだろう。不在の「4」が「ごお」というのが風の音に立ち消えてしまったようにも感じる。
「桃色の薬・朝晩二錠ずつ」ルーチンとして消化する春 津隈もるく
少しずつ耐えて春は来る。薬を飲むという行為を春になぞらえた歌だけれど、どこか物悲しい印象もあり、曇りの春を思う。
少しずつまた少しずつ春めいてなのに君とは別れのさだめ 小澤ほのか
春は別れの季節といったもの、「春なのに」というところに主体の春への期待とそれと逆行する自分の境遇を素直に歌っている。
雪とけて色づく世界微睡んだ僕らにぬるく注ぐ木漏れ日 波乃奏都
世界の微睡が春、という視点。世界がまどろんでいるんだから、「僕ら」にも優しい眠りが訪れるんだろうな。余談ですが、作者の波乃さん、短歌初挑戦でした。
春は春。きみがきみなら誰にでも優しくなれる一瞬が来る 拝田啓佑
ありのまま、という言葉があり、その無責任さが嫌いだった。けれど「春は春」なのだ。存在をただ「在る」と歌う歌の中で、「一瞬」が現れる。この歌に錯綜する優しさはなんなのだろう。
Yellow
Yellowのテーマは「青春」だった。短歌自体はそれぞれどこかカオスめいた雰囲気があるのだけれど、春に潜むアオハルが蠢いている。
つくしマヨ味のじゃがりこ土臭くフリースローの線を踵で ナイス害
春限定「つくしマヨ味」、食べてみたいな。幻のじゃがりことフリースローの線が「土」と混ざり合ってく。すべてが似たような、同じ場所から生まれてきた気がする。
ぐらぐらのガードレールを見逃した三歩先からまるっきり春 茉城そう
事故ったときに世界がゆっくり見えるアレ、世界が春に転換する瞬間。「三歩先」という具体的な数字がスローリーだけれど現実を織り交ぜてくる。
知らなくていいことばかり知りたくて死にそうになる四月の嵐 海老茶ちよ子
はがゆい春だ。嵐のように錯乱しかける直前の主体の心情を思う。連続する「し」の音に歯ぎしりとか、握り締めた手指の音が聞こえてきそうだ。
粉に「骨」キャベツに「真心」と命名ごっこした日も木曜だったね 山脇益美
愛おしい春の飛躍。春の一幕で遊ばずにいられなかった神々の遊びのようにも思えて、人間の愛おしさが春を通して伝わる。
Purple
Purpleのテーマは「拡散」だった。少しずつ広がっていったり、滲んでいく春の姿を連想する歌を集めた。
ビー玉に閉じ込められたプロペラの魔法が融けてまわりだす春 うさうらら
少しずつ解放されていく印象がある。「融ける」という言葉に、水彩のように広がっていく春の空を思う。
聴こえたら歌いはじめる歌ったら聴こえはじめる きっと同棲 仲西森奈
なんでもない春の日中なのだろう、部屋に聞こえる隣の部屋の声。隣の春を感じて、主体も春を思う。誰かから受け取って、春は続いていく。
よく晴れて昨日に食べた菜の花とおんなじ色のスカーフをまく 橋本らぎ
春を身にまとう歌である。けれどただの「菜の花とおんなじ色」でないところに春の色が濃く思える。身に着ける意図をもって「食べた」のだろうか。
(この場を借りて皆様にたくさんの感謝を)
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