中村雪生

中村雪生

マガジン

  • 雑記集

    既存の雑記 主に過去や生活について 事柄は体験ですが時間が経っているものは殆どがフィクションです。

  • 小選歌集

    自作短歌自選集。 一部は「塔」紙面にて既出

  • 明るい絶望

    これは明るい絶望の話。わたしから離れていった希望の話。重たい希望を荷物から下ろして、たいそう身軽になったわたしの前に今あるのは友人のように親しい絶望。

  • 感想文

    ひとの書いたものについて

最近の記事

かわいい女の子

 ここ数年、容姿をよく褒められる。この「よく」がどの程度かというと「めちゃくちゃ」である。わたしのかわいさでめちゃくちゃにされた人々から、めちゃくちゃに褒められるのである。めちゃくちゃ。  いかように可愛かったかというと、雨が降ってもかわいい、台風が来てもかわいい、よい晴れの日などは魔法のような光を吸収し、さらにかわいいので手のつけようがない。ほこりで汚れたハイウエストのジーンズをはいていようが、似合わないワンピースを着ていようが、寝癖があろうが、髪をゆるく巻いてひとつ

    • 明るい絶望 #仕事場でのこと

      最近は仕事がたてこんで、さらに酒を飲むことを覚えたために何も手につかない。洗濯物をして、タオルケットのなかで眠る。明け方にときおりやってくる人がわたしの手を握り「ただいま」という。いつからそんな言葉覚えたんだろう、と寝惚けたまま、わたしは「おかえり」と微笑む。また眠る。すべてが眠りのなかだ。  仕事がたてこんでいくたびに、わたしは自分の事を半透明だなと思う。このうすぼんやりとした感じは、少し安心する。自分以外はすべて外界。すきとおりきらない。机にはひまわりがある。少しだけ、

      • 明るい絶望 #テディベア

        失えば永遠だ。あの子の目をまっすぐ見たときに、わたしははじめて命の終わりを想像した。ここからゆっくりと終わってゆくのだと思った。彼女の瞳は黒くて、頭ひとつぶん小さな背丈の彼女をだきしめて、大きなスポーツバッグに詰めた小さなテディベアを差し出した。彼女は笑っていた。そんな風に泣いたらだめだよ、嬉しいね、会えて嬉しいよ。冷房に冷えた彼女の皮膚は白くてやわらかかった。失えば永遠だ。ゆっくりと終わってゆく。 スポーツバッグに入れたテディベアはひとつ千円程度だったけれど、当時中学

        • 明るい絶望 #1

          最近は家に人の出入りがある。自分の家にひとを招くのはもともと嫌いではないけれど、けっして得意ではないのだ。愛されているのだろうか、自分は。長時間、自分以外の人間と向かい合うと、こんなことをつい考えてしまう。そんなとき明るい絶望はいう。愛されていることって、そんなに大事? そうでもないかも。今日はこれから終電を逃した同じ会社の同僚が泊まりに来る。  わたしが誰かから愛されているかどうかはさておき。家には今大きな紫陽花があり、白い芍薬があり、紫から白へとグラデーションのかかる菊

        かわいい女の子

        マガジン

        • 雑記集
          11本
        • 小選歌集
          7本
        • 明るい絶望
          4本
        • 感想文
          4本

        記事

          明るい絶望 #0

          これは明るい絶望の話。わたしから離れていった希望の話。重たい希望を荷物から下ろして、たいそう身軽になったわたしの前に今あるのは友人のように親しい絶望。  ああ、これが絶望というものかと目の当たりにして分かる。絶望は叫びをあげない、恫喝をして、わたしを脅かしたりしない。いつも通り、時折曇る穏やかな正午に浴びる風のように、わたしを宥めすかしたりもする。絶望はけしてわたしに命令しない。 希望はわたしに命令する。幸せになれと言う。幸せになりたい、と答えなければわたしの首を背後から絞

          明るい絶望 #0

          祈りなんていらない

          何から話せばいいかわからない。 わたしはもっとどうしようもないことを、めいっぱいの力をつかって解決し続けなければいけないはずなのだけれど、全部蹴りとばして、今、あてもなくここにいる。どうしてこんなことが起きているのか、判別もつかない。意識が遠のきそうだ。 過去にできない人がいた。どんな遠い場所にあっても、その人のことだけが、過去というただの記憶にできなかった。まるで生々しい、それでいて触ることのできない、そんな時間のなかに、わたしはその人を置いてしまっていた。

          祈りなんていらない

          亀を飼わなかった話

          動物を飼うのがこわい。 ある時、一緒に暮らしていた人が「亀を飼わないか」といってきた。理由をきくと「知り合いに亀を飼ってくれる人を探してる人がいるので」ということだった。「亀ならば四六時中、面倒を見ていなければいけないこともないし」と言われて、「そうか?」と思いつつ「まあそうかも」と思う。 そしてわたしはむかし実家で飼っていた亀のことを思い出す。子供の手のひらくらいだったイチローと名付けられた亀は、そのうち人間の顔くらいの大きさになり、冬を越せずに柔らかくなって物言わずあ

          亀を飼わなかった話

          88のアンティカノアンティタノ

            暗闇の中で見つめ合っていた。窓から入り込んだ点描の光が暗い部屋と体に這う。泣きはらした喉の下が苦しくて、目の前に寝そべるその名前を呼ぶことさえできなかった。車の走る音がする。窓から差し込んだ一瞬の光がその人の顔を掠めた。黒い眼は微動だにせず私を射抜く。私がその人に手を伸ばすと、握るようにされる。その人の指先は驚くほど冷たく、手のひらは汗ばんでいた。その人はいつものように、私を許すために微笑んで見せた。どうしようもなかった。噛んだ奥歯に血が滑り、錆びた息を吐く。傷つけ

          88のアンティカノアンティタノ

          VER ひとこと評

          「春が好きだ!みんな春の短歌をつくってくれ!」とふざけたことを言っていたら、なんとたくさんの人が集まってくれた。「春短歌企画 VER」に寄せてもらった短歌。やっぱり春が好きだ。ありがとう。 GreenVERのGreenのテーマは「魔法」だった。 春の魔法は誰にでも使える。自分でも気づかないうちに魔法に取り囲まれてまきこまれてしまう。 春風のひと撫であえて片言で話す神父のようなぬるさで  御殿山みなみ 春風の温度というのは、独特で、誰にでもやさしい気がする。神父が片言で

          VER ひとこと評

          うろんな旅、恋の耳

            なんにしたって都合が良くないから、今すぐ外で会ってくれないと困る。そんな風にニゴウから電話が来た。  ちょうどそのとき、私は壁にたてかけてある姿見の前で自分の耳の中、暗くて細い穴の中を見ようと必死になっていたので、どうにも都合が悪いのはこっちだった。なにも都合が悪いのは耳のことだけではなかったのだけど、ここ数日のあいだ耳鳴りがやまない上に耳のつけねがカコカコと音を立てたりしびれたりするので気に障り、厄介極まりなかった。痛みが現れないだけましだったが、物音や人の声にしきり

          うろんな旅、恋の耳

          someday

            二年ぶりにちまきと会い、わたしはしあわせな夢を見るようになった。わたしがベランダで煙草を吸うあいだ、ちまきは台所で「塩ゆでたまご」の殻をむいている。  「塩ゆでたまご」をつくるには殻をむいたゆでたまごを、数日塩水にさらす必要があるのだけれど、ちまきは塩水でたまごをゆでる。もちろん、「ちまきの塩ゆでたまご」には塩味がない。それでも、わたしたちふたりの間では、「塩ゆでたまご」とは「ちまきの塩ゆでたまご」なのだ。ベランダに、「塩ゆでたまご」とインスタントコーヒーという朝

          someday

          小選歌集・職業詠「砂入りくる」

          一本と数える方も呼ばれる方もたった唯一のひとであり 誰彼が交わっていた神秘すら請求される証明をする 犯罪の抑止をうたわれぼくたちは未然の罪を昼食とした 膨大な数字であった性欲は可視化できない世界の話 裸になれますかと笑っていうのは間違いだろうかヒヤシンス バニラバニラバニラ!抱きしめた時のあなたの匂い「グリンス」を知る 本籍を此処にもってきてたとえあなたを知らない街であっても 誰の誤解もおそれずに風俗を語れる口

          小選歌集・職業詠「砂入りくる」

          12月30日の渋谷によせて

          2017年が終わる数日前、電車に乗っているときだった。 私は黒いキャップをかぶり、射光用の伊達眼鏡をかけて白いスヌードをかぶり、スキニージーンズとリーボックのハイカットを履いて座っていた。ワイヤレスのイヤホンでBRAHMANを聴いている。A WHITE DEEP MORNING。正午過ぎ、中学時代の友人と渋谷で待ち合わせるため、JRの急行電車に乗っていた。 電車の中は混雑とも閑散ともいえない状況で、わたしは窓から差し込む光を後ろ頭に受けて、眠気に抗っていた。数日前

          12月30日の渋谷によせて

          ナイス害「フラッシュバックに勝つる」について

          わたくし事ですが、秋の終わりに足底筋膜炎になった。 仰々しい病名がついているが、とりあえず足の裏が痛いのである。足の裏、というのが非常にやっかいで寝起きなど歩くのもままならない。微妙なかんじで常に痛い。 こういった怪我でも病気でも、とりあえずかかりつけの病院に向かい、正しく処置について説明を受け、必要であれば薬を処方してもらうのが一般的な治療法である。ただ、わたしは病院が嫌いである。大抵「なにか心当たりはありますか」と問われる。これがもうイヤ。過去を振り返ることは避けて

          ナイス害「フラッシュバックに勝つる」について

          小選歌集「やさしく起こす」

          水のみを求めし肉の奥に在る愛だけが骨 よく曲がってる この世の角部屋に住まいて海は魚眼の青と信じ続ける 生活の窓辺で星を洗う手に特別なことは何も起こらず 不可もなく部屋にからだはひとつきり秋雨は夜に彷徨いて降る アルバムにタイトルがないわたしには名前があって夜明けが来ます 台風一過ふるえてるただひとをひとたらしめているかげぼうし まっすぐ見てください大切なことだけが書かれている身体です 嫌われた罪なき者がいる部屋は流れ星だけ捨てられている

          小選歌集「やさしく起こす」

          小選歌集「ただならぬ夜」

          福祉的失恋をした夕暮れの蛍光灯はいつもうるさい テトリスが形をそろえ消えていく愛しているのでいつかそうなる ひとりでにカーソルだけが震えてる遠くで山田が呼ばれてる 「ほんとうに人間ですか」Googleが問うそういえばわからなくなる 可愛いを「愛しげ」というふるさとに暴力ごとき雷が鳴る 義務として想い出があり空っぽのiPhone5しんと冷え 目的の無い花が咲いている丁寧に名付ける架空だけれど この夜はただなら

          小選歌集「ただならぬ夜」