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生まれ変わりを信じたくなるのは

「うーー」
夕食の終わり際。流し台に自分の使った食器を運んでいると、2歳の息子に呼びかけられた。ちゃぶ台の高さにあわせた幼児用の小さな椅子に座って、プラスチック製の大きなお皿を両手で持ち上げている。お皿の上には、同じくプラスチック製のコップ。その中にスプーン。
食べ終わったの?と聞くと、「う」と短い返事と共にお皿が突き出された。
ありがとう、と言いつつ受け取って、流し台までさっと運ぶ。カウンター越しに目を合わせて、「ごちそうさまでした」と声をかける。息子は真顔のまま、ぱちんぱちんと勢いよく手を合わせている。

彼はいつも、食べ終わった食器を重ねる。教えたわけでも、私たちがしているわけでもないのに。
それでつい、亡くなった祖父の姿を重ねてしまう。


祖父の席は、6人掛けのダイニングテーブルの左奥と決まっていた。二度の脳梗塞ののち、右半身に麻痺が残った彼は、立派な持ち手のついた介護用の箸を使って、食事をとっていた。
祖母のつくる大根の煮物が好きで、冷やした煮物を汁ごとごはんにかけて食べるのがお気に入りだった。
少な目の食事を誰よりも早く食べきると、決まって空っぽになったお皿やお茶碗を重ね合わせる。食器の山をすっと自分の手元から遠ざけ、ゆっくりとした動作で席を立って、しずしずと自室へ戻っていく。
「ありがとーうございました」
不自由な発話ながらも、丁寧なあいさつをいつも律儀に残して。


祖父について私が語れることは、こういう生活のひとコマぐらい。20年以上一緒に暮らしていたというのに、私は彼のことをよく知らない。

高校生のころ、祖父が長めの話をしてくれたことがある。彼はお手洗いから自室へ戻る途中で、リビングの真ん中にたたずんでいた。私はダイニングテーブルで勉強している手を止めて、彼の方に身体をねじっていた。
穏やかで、朴訥とした口調だった。当たり前のことを言っていて、興味をひかれないな、と思った。うん、うん、と返事をしながら、これで少しはおじいちゃん孝行になるかなと考えていた。話をした事実と、そのとき抱いていたこの上なく尊大な気持ち以外には、何も思い出せない。

あのとき彼はどんな顔をして、どんな思いで、何の話をしたのだろう。
彼は何に笑い、何に怒ってきたのだろう。どんな経験を大切に思っていたのだろう。
今となっては、何ひとつ確かめようもない。


食器を重ねる行動ひとつで、息子の中に祖父の姿をみるのは、後悔しているからだ。祖父という人に興味を持たなかったことを。その心の内にあった深遠な世界に触れるチャンスを、みすみす逃したことを。

やりなおしの機会を望む気持ちが、生まれ変わりを信じさせる。息子と向き合うことが、亡き祖父と向き合うことにもなればいいのに、と都合のいい解釈をこじつけたがる。

「自分の目の前を綺麗にしときたい人なんよ」
祖母の揶揄するような言葉を思い出す。息子が私から濡れガーゼをもぎとって、汚れたちゃぶ台を何度も拭いたりするものだから。

祖父がいた日々の風景は、私の中にありありと残っている。彼の語った言葉は、何ひとつ覚えていないというのに。そのギャップはこれからもずっと、私への戒めとなり続けるのだろう。

最後まで読んでくださってありがとうございます! 自分を、子どもを、関わってくださる方を、大切にする在り方とそのための試行錯誤をひとつひとつ言葉にしていきます。