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故郷の佐渡を走る #02

横浜に住んでいた小学生のときニコンを手にして写真を始めて、高校生のときに憧れだったキヤノンを手に入れ、写真の道に進む夢を抱きつつも挫折して上京した。いつか趣味として写真をまた始めようと思いながら、七年間ほどカメラを手にすることもなかった。
ニコンを抱えて島に渡り、キヤノンを置いて島を離れた、ということになる。

母を早くに亡くして、父は無口だったから、幼い頃のことは多くを知らない。上野から夜行電車に乗って、船も今とは全く違ったはずだけれど、ネットにある情報と一致しない。家の事情、その日の天候、考えられることは多い。
記憶と言葉の断片を頼りに島を巡る。
写真を撮りながら自転車で長い距離を走るのは意外と難しい。まずカメラのケアが必要で必然的に荷物が増える。カメラへのアクセスを優先すれば雨や落車でのリスクが大きい。安全にカメラを持っていればシャッターまでの時間がかかる。

徒歩に比べて景色が更新されるのが早いため、おっ、と思うことは多くある。けれどもロードバイクでいちばん辛いのは、走り続けることではなく止まること。スタンドがないから自立しないし、ふたたびスピードに乗るまでがいちばんきつい。

どれくらいのペースで走ればいいか見当がつかない。佐渡には宿が少なく、場所も偏っているため、事前に予約してしまった。今日中にそこまで走らなければならない。
けれども先を急ぎすぎて大切なものを見過ごすわけにはいかない。
ガイドブックを作ろうというわけではないのだから、全てのところを回る必要はない。たったひとつの出会いが、観光地ではないただの道で見た光景が、この短い旅のハイライトになるかもしれない。これからの人生の大切な一枚になり、ぼくの代表作になるかもしれない。それがスナップ写真の魅力だ。

最初に自転車を停めたのは実家から数キロのところ。かつては病院で、ぼくはここで生まれたと伝え聞いた。

激しい雨と風の予報が出ていた。ロードバイクで走るのに厳しい条件になるかもしれない。フェリーが欠航になったら東京に戻れない。
けれども日常の悲しみは芸術にとっての喜びという言葉がある。天気が荒れていくなら空は単調ではないだろうし、短い滞在で晴れと雨の両方を見られる。


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