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Rome!

 「キーツ!」「いや、シェリー」の超高尚論争ができないと、映画「ローマの休日」の主人公にはなれない。なお、「ローマの休日」には、覚えておくと便利な万能答弁術もある。実用的価値満点!

 映画「ローマの休日」の最初の方にある場面。
 アメリカの新聞記者ジョーは、ローマの街角で、朦朧としている見知らぬ女の子を見つけてタクシーで送ろうとしたのだが、彼女はジョーのアパートまでついてきてしまった。

 ジョーは、「ベッドで寝るのでなく長椅子で寝ろよ」と厳命する(And you do your sleeping on the couch, see? not on the bed, not on the chair: on the couch; is that clear? )。
 つまり、couch、couch とわめきたてたわけだ。

 女の子(実はアン王女)はそれに答えず、「私の好きな詩を知ってて?」と、
  Aritheuso rose from a couch of snows in the Aquasaromian Mountains… と口ずさむ。

 何と!単に couch が出てくるだけでなく、couch of snows となっている。ジョーの冷たい言葉に抗議したのだ。
 そして、「キーツ!」と結ぶ

 ところが、それに対してジョーが、「シェリーだろう」と反論した
 そして、2人の間で、「キーツよ」「いや、シェリーだ」と押し問答が始まる。
 私にはキーツとシェリーの区別がつかないのだが、欧米人でもそうなのだと知ると、何となく楽しくなる。

 しかし、よくよく考えてみると、これは、われわれレベルの教養では、参加することができない超高尚論争である。
 まずそもそも、詩を聞いて直ちに「シェリーだ」とは反論できない。
    反論できなければ、押し問答はなく、その後のストーリー展開もない。

 つまり、こういうことである。
 仮にわれわれが、ローマの街角でジョーと同じ立場に出会ったとする。しかし、われわれが主人公では、「ローマの休日」の物語りは成り立たないのだ!

 それはそれでしようがないことだが、正解はいったいどちらなのだろう? これは、私の長年の疑問だった。
 正解は、インターネット上で発見できた。詩の全文が、ここにある。これは、シェリーのArethusaという詩だ。
 
 ついでに言うと、私が持っている日本版のDVDの字幕ではAritheuso (あるいは、Arethusa)の訳は、「アリアドネ」となっている。これは、とんでもない誤訳だ。

 どちらもギリシャ神話に出てくる名前だが、Arethusa(アレスーザ)は小川に変えられた森の妖精だ。だからこそ、「雪のしとねから身を起こし」ということになる。これは、小川が深い山から湧き出るさまを描いた詩なのだ。
 それに対して、アリアドネは、ミノス王の娘で、アテナイから怪物ミノタウロスを退治に来た王子テセウスを助けた(その冠は、夏の夜空に「かんむり座」として現れる)。アリアドネでは、なんでcouch of snows なのか、まるで理解できない。

 ところで、10年ほど前に、「ローマの休日」の御蔭で救われたことがある。
 そのとき、私はスタンフォード大学にいた。私を呼んでくれたのはO教授。彼も私も参加しているある研究会で、私が当番で発表した研究会が終わった後、皆でパロアルトの町にあるインド料理店に食事にいった。
  会が終わろうとしたとき、O教授が皆の前で私に、「Yukio、 この間僕が連れて行った Passage to India というインド料理店とここと、どちらがいいか?」と問いかけてきたのだ。

 これは、非常に難しい質問である。A Passage to India と答えれば、この研究会の主催であるA教授の面目を潰すし、「このインド料理屋の方がいい」と言えば、O教授の選択が悪いということになる。離れた席からの質問だったので、答えは全員に聞かれてしまう。

 進退窮まった私は、緊急避難策として「ローマの休日」における有名な言葉を借用することにした。

 映画の最後にある有名な記者会見の場面。記者の1人が、「今回の親善旅行でどこが最も印象に残りましたか?」と問いかける。
 アン王女は、Each, in its own way, was unforgettable. It would be difficult to ・・・. (どこもそれなりに忘れがたく、どれかと言うのは非常に難しい)と模範答案を言うのだが、そこで詰まってしまう。そして、— Rome! By all means, Rome. と答える。

 私も、difficult to のところでわざと詰まってみたところ、出席者全員から、Rome!という大合唱が沸き上がった。
 さすが、スタンフォード!

 こうして、私は危機を脱することができた。
 この言葉は、答えに詰まったときに大変便利だから、覚えておくとよいだろう。in its own wayというところがミソなのである。これは、どんな場合でも使える万能答弁術だ(ただし、相手が「ローマの休日」を見ていることが必要条件)。
 「ローマの休日」は、楽しいだけでなく役に立つ。実用的価値満点の映画だ。

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