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『どうすれば日本経済は復活できるのか』  全文公開:はじめに

『どうすれば日本経済は復活できるのか』 (SB新書)が11月7日に刊行されました。
これは、はじめに全文公開です。

はじめに

 本書は、日本経済の現状、過去、未来について論じている。
 日本経済は深刻な病に冒されている。世界各国が目覚ましく成長する中で、日本は停滞し、賃金は30年以上にわたって上昇していない。最近では、海外でのインフレが輸入されて、日本の物価を著しく上昇させている。
 それにもかかわらず、政策当局は、これらの問題に正面から取り組もうとしない。金融政策は迷走を続けているとしか言いようがない。
 こうした事態に対処するためには、何よりも、日本経済が抱える問題を正確に理解することが必要だ。
 そのためには、人口の高齢化と経済成長率の関係、賃金決定のメカニズムなどを正確に把握しなければならない。また、産業構造がどのように変化してきたか(あるいは変化しなかったか)、なぜそうなったのか、などを理解する必要がある。
 本書では、これらの問題を「付加価値」という概念を中心に説明していく。付加価値とは、経済活動によって生み出される価値のことで、一国の経済全体について合計したものを国内総生産(GDP)という。
 例えば、賃金は、生産された付加価値の中から労働者に対して支払われる部分である。そのため、賃金の問題を論じるには、その背後にある付加価値に踏み込まなければならない。付加価値がどのように決まり、どのように分配されるかを知る必要がある。この問題に関して、これまで経済学の分野では、さまざまな研究や分析が行われてきた。それらを、できるだけ分かりやすく説明している。
 付加価値の生産は、まず労働力の動向によって左右される。高齢化が日本の経済成長にネガティブな影響を与えていることは間違いない。しかし、付加価値はそれだけで決まるわけではなく、産業構造や技術進歩も大きな影響を及ぼす。
 1970年代まで、製造業が日本の経済成長に大きく寄与していた。ところが、1980年代にアメリカで情報関連の技術が大きく進歩し、経済活動に大きな影響を与えるようになった。

 日本経済の不調の原因として、新しい技術に適応できなかったことが指摘される。これが「デジタル化の遅れ」である。これには、技術面だけの問題ではなく、日本の社会構造や組織構造が密接に関連している。
 日本経済は、今後さらに深刻な問題に直面すると考えられる。
 長期的には、高齢化が進行し、日本経済の成長にネガティブな影響を及ぼす。これに対処するため、外国人労働者の受け入れ拡大や、新しい技術の開発が求められる。
 直近の問題としては、スタグフレーションの恐れがある。海外からインフレが輸入されるが実質賃金は伸びないという「インフレと経済停滞の共存」だ。
 他方では、生成AIという新しい技術が登場し注目されている。これは、経済や社会活動に極めて大きな変化をもたらすだろう。新しい技術への適応能力は、今後の経済活動に大きな影響を及ぼす。それは、個人や企業、さらには国全体の将来にも影響を与え、適応が不十分であれば、日本の遅れは決定的なものとなってしまう。

 各章の概要は次のとおりだ。
 第1章では、日本経済の現在の姿を、国際比較で見る。
 1人当たりGDPで見て、2000年には日本はG8のトップだったのに、2023年にはビリに転落してしまった。G7各国だけでなく、台湾や韓国にも抜かれそうだ。
 為替レートとして購買力平価で評価すると、いまの日本の相対的な豊かさは、1970年代の水準にまで低下してしまった。賃金の国際比較では、フルタイム等価の概念が重要だ。また、企業の成長力を見るには企業の時価総額を見るのがよい。これらいずれの指標で見ても、日本が没落していることは、否定のしようがない。

 第2章では、なぜ日本経済がここまで停滞してしまったのか、その原因を考える。
 ここでは、「付加価値」の概念を中心として経済の動きを見る。日本経済停滞の基本的な原因は、中国が工業化に成功し、世界経済の中での地位を向上させたにもかかわらず、日本の産業構造が固定化してしまったことだ。円安政策のため付加価値が増えないので、賃金も上昇しない。製造業の比率が低下するにもかかわらず、それに代わる基幹産業が成長していない。

 第3章では、今後の見通しを述べる。
 人口高齢化は今後も進行すると予測される。また、日本の貿易収支や経常収支の悪化は、決して無視できない現象だ。それに対して、外国人労働者の受け入れや技術革新の促進によって対処すべきであることを論じる。

 第4章では、まず、直近の問題としてスタグフレーションの危険について述べる。輸入価格の上昇が落ち着いたにもかかわらず、国内消費者物価の上昇が収まらない。これは、宿泊飲食業において賃金が上昇しているためだ。
 また財政支出の増加に対する財源手当をどう考えるべきかを論じる。ここでは法人税の見直しが必要であることを主張する。

 第5章では、日本銀行の政策の誤りについて述べる。
 大規模金融緩和は物価上昇率の引き上げを目的として行われたが、これは正しい目標ではなかった。仮に物価が上昇したとしても、それによって賃金が上昇するとは考えられないからだ。また、国債を購入するだけで物価が上がる保証もなかった。
 国債を大量に買い入れた結果、この政策は行き詰まり、2016年からイールドカーブコントロールに転じた。しかし、世界の大勢に逆らって長期金利を抑え込んだため、国債市場にひずみが生じ、2022年12月に長期金利の上限を見直さざるを得なくなった。日銀新体制は、2023年7月に長期金利のコントロールをさらに緩めた。

 第6章では、健康保険証のマイナンバーカードへの切り替えの問題に焦点を当てる。健康保険証廃止に向けての政府の対応は、あまりに稚拙だ。
 健康保険証を廃止しても、何もよい結果がもたらされるとは考えられない。マイナンバーカードの普及だけが目的となってしまっている。

 第7章では、デジタル化の遅れの問題を取り上げる。とりわけ生成AIという大きな変化が日本経済に及ぼす影響について考える。

 2023年8月  野口悠紀雄



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