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墓参りへ行こう

先日、墓参りに行って来ました。
私は必ず、半年に一回は時間をつくり、墓参りに行きます。

宗教的観念は置いといて、というか私は元々信仰している宗教はありませんが、それでも墓参りはめちゃくちゃ重要だと思っています。

なぜかというと、
・「なぜ私はここに生を受け、存在しているのか?」の答えが直接受け取れる
・存在することが出来ていることに関して、直接感謝を告げられる

と、思っているからです。


子どもの頃、祖母の家に行った時のことでした。
部屋の中に入ると、いくつかの顔写真が額縁に入って横一列に並んでいます。

「この人たちは誰なの?」

おばあちゃんに聞くと、
「あれは私のお父さんよ、つまりあなたのひいお爺ちゃんね。」
「その隣の人はお父さんのお父さん、私のお爺ちゃんね。」
と返ってきました。

田舎にご実家がある方は、もしかしたらこんな体験があるのではないでしょうか?

その時は「ふーん」と思うだけでしたが、

今思うと、並べられた写真から感じ取れるのは、
「自分という存在は先祖代々、受け継がれてきた系譜の一部である」ことが自然と理解できます。

親同士が出会わなければ、自分はそもそも存在していません。
親も親同士(お爺ちゃんとお婆ちゃん)が出会わなければ、親は生まれていません。

この事実を見たときに、どれだけの”ご縁”の数があって、自分が生まれてこれたのか、想像もできませんでした。
行き着く先は、「生命の誕生」なのかもしれません。

そんな壮大な人類の歴史の一部として、生きていることを実感できる場所、
たくさんの"ご縁"があって、何十年、何百年、そこに確かに生きた人々の証が「お墓」につまっているのではないかと、そう思っています。

そして、自分が生きていることの感謝を伝えることができる場所も「お墓」が担っているのではないでしょうか。
コミュニケーションが取れない、一方的な感謝ではありますが、確かに伝えられるような気がします。

人生や道に迷ったりした時は、お墓参りに行くのも、良いかもしれません。

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酒井 悠生 (さかいゆうき)

「想うままに生きる」 / ベトナム・ホーチミン(サイゴン)在住 / アプリ開発・AI Business Development / 株式会社ストローFounder / 1992年東京生まれ湘南育ち / ベイスターズファン
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