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「選択の科学」を読んで、自律した組織のあり方について考えてみた。

「裁量権の大きい仕事です」

という言葉を、採用の記事を書くときによく使ってます。裁量権とは、自身で意思決定できる権利のこと。つまり、「役職とか関係なく、自分で考えたように進められる環境(自律した組織)だよ」とアピールするのが狙いです。

でもいっぽうで、この言葉を書くときに、これってメリットになりえるのかなと思うこともあります。一見良いようにみえて、実際入社してもらうと、これこそが不満を生み出す要因になっていることもありそうだな、と。

うまくマネジメントされている組織で裁量権が与えられれば、それに越したことはないのです。けれど、大体においてマネージャーの手が回らないから、とりあえず自分で考えてという状況があったりする……。

どうすれば、フラットな環境で満足度高く、自律した働き方をすることができるのか。なかなか難しい問題ですが、シーナ・アイエンガーの「選択の科学」を読んで、考えてみました。


本能的に、だれもが自分のことは自分で決めたい

「選択の科学」では、自分自身で選びたいという自己決定権を欲することは生命の本能であると、さまざまな実験結果から示しています。

人間は、生まれながらに選択を行う手段を持っている。だが、それと同じくらい重要なのは、わたしたちが「選択したい」という欲求を生まれ持っていることなのだ。たとえば線条体のニューロンは、まったく同じ報酬であっても、受動的に与えられた報酬よりも、自分から能動的に選んだ報酬に、より大きな反応を示す

「選択の科学」シーナ・アイエンガー

たとえば、生後4ヶ月の乳児を対象にした研究では、自らひもを引っ張って音楽を流すことを喜ぶ様子が観察されたり、イヌやラットの研究でも、自分の置かれた状況を必死の努力を通じて自分で変えようとしていたり、あらゆる生命にとって自分でコントロールしたい欲が本能的に備わっているらしいのです。

しかも、驚くべきことに、自分の力でどうにかなる、と信じ込むことが心身の健康状態や幸福度にも繋がっているのだそう。

職業階層の高さと仕事に対する自己決定権の度合いが、直接的に相関していたことにあった。(中略)会社の利益責任を負うことは、たしかに大きなストレスになるが、それよりもその部下の、何枚あるかわからないメモをページ順に並べるといった仕事の方が、ずっとストレスが高かったのだ。
仕事上の裁量の度合いが小さければ小さいほど、勤務時間中の血圧は高かった。仕事に対する裁量権がほとんどない人たちは、背中のコリや腰痛を訴えることが多かった(中略)かれらの生活の質は著しく低下したのだ。

「選択の科学」シーナ・アイエンガー

ここで重要なのは、実際の自己決定権の大きさではなく、「本人が自由度が大きいと認識できるかどうか」ということ。数をかぞえるだけの仕事とか、ハンコを押すだけの仕事とか、自由度が低く見える仕事でも、当事者が自由度が高いと認識していれば心身の状態は良くなる。捉えようによって異なるということですね。

でも、自由度を高めると、不公平感が高まる

じゃあ、どうして実際に自由度が高いスタートアップ企業では、不満が高まる状況が生まれるのでしょうか。自由を手にすると幸福に感じるはずなのですが……。

著者はベルリンの壁が崩壊した当時、東ベルリンの人たちに取材をしてこんなことに気づいたようです。

(ベルリンの壁の崩壊によって)機会や選択の自由が拡大し、市場ではますます多くの選択肢が手に入るようになっていたのに、かれらはありがたく思うどころか、逆にこの新しい生き方に疑いを抱き、不公平感を募らさせていたのだ。2007年の調査によれば、ドイツ人の5人に1人以上が、ベルリンの壁をもとに戻したいと考えていた。

「選択の科学」シーナ・アイエンガー

自由とひとことで言っても、種類は2つあります。心理学者のエーリッヒ・フロムが以下のように示しました。

からの自由 - 外部の力(政治的、経済的、精神的束縛)からの自由
する自由 - 可能性としての自由。何らかの成果を実現し、自分の潜在能力を発揮する自由

人が挑戦できる機会が平等に与えられている状況(「からの自由」が保証されている状況)では、「する自由」を個人が掴み取っていかなければなりません。制約のない世界とは、競争の世界だからです。

裁量権が大きい環境が整備されていればされているほど、それを活かしきれる人もいれば、活かしきれない人もいる。どうしても差が生じてしまうので、不公平感を持つ人も増えるのでしょう。

たしかに、会社ではこんな不満を聞くことがあります。「トップに気に入られている人だけが自分の意見を通せる」とか「まるで中央集権的だ」とか。こういった声は、自由な組織につきものなのかもしれません。(まぁ、自由じゃない組織でも聞こえてくる声かもしれませんが…)

自己決定権と満足度を両立させるには

自由じゃないと幸せでないのに、自由にしても幸せになれない。結局はどちらがいいのでしょうか。

本の中で紹介されていた老人ホームでの実験を読むと、「自由度の伝え方や設計の仕方」にヒントがあるようです。

コネチカット州で行われた研究では、高齢者を以下の2つのグループに分け、健康状態や満足度を調査していました。

グループ1:入居時に、鉢植えを配り、木曜か金曜に映画が上映されると伝えた。入居者とおしゃべりしたり、読書やテレビは自由。入居者はある程度の自由はあるが、幸せを感じられるようにするのは管理者の務めだと話す。

グループ2:入居時に、鉢植えを選ばせて、映画は木曜か金曜のどちらかで見てもいいと伝えた。好きなように時間を過ごしてよく、この老人ホームを楽しい場所にできるかどうかは、入居者次第だと話した。

伝えたメッセージは少し異なるものの、どちらのグループも鉢植えをもらい、映画を週1回観て、職員の対応はほぼ同じでした。

でも、3週間後に調査すると、自由度の高いグループ2のほうが、満足度が高く生き生きとし、入居者同士の交流が盛んで、90%以上の健康状態が改善されたという結果になったそうです。

この研究が教えてくれるのは、たとえささいな選択であっても、頻繁に行うことで、「自分で環境をコントロールしている」という意識を、意外なほど高めることができるということだ。(中略)自分や他人に選択の自由を与えることで、それに伴う恩恵を与えることもできるということだ。行動をちょっと変える、たとえば自分の力を際立たせるような方法で話したり考えたりするだけで、自分の精神的、肉体的状態を大きく変えられるのだ。

「選択の科学」シーナ・アイエンガー

つまり実際に自由かどうかよりも、自己決定権をささやかでも行使できる機会を頻繁に設け、さらにその人自身が選んでいるということをちゃんと伝えることが重要だということですね。

さらに、規則が厳しい原理主義やほとんど規則がない自由主義の宗教など、9つの宗教の信徒におこなった調査では、興味深い傾向がわかりました。

原理主義に分類された宗教の信徒は、他の分類に比べて、宗教により大きな希望を求め、逆境により楽観的に向き合い、鬱病にかかっている割合も低かったのだ。実際、悲観主義と落ち込みの度合いが最も高かったのは、ユニテリアンの信徒、特に無神論者だった。これだけ多くのきまりごとがあっても、人々は意欲を失わず、かえってそのせいで力を与えられているように思われた。かれらは選択の自由を制限されていたにもかかわらず、「自分の人生を自分で決めている」という意識を持っていたのだ。

「選択の科学」シーナ・アイエンガー

自由を本能的に求めるものの、制約があったほうがむしろ自由度を感じて、自己決定感を高めることがある。すごいパラドックスです。でも、だから宗教というものが存在するのでしょうね。

自由度が高い環境だけでは、必ずしもすべての人を働きやすくするものではありません。自由で裁量権大きく働ける環境にこそ、その指針となるものをしっかりと整備するか、それがなければ相談できるマネージャーやチームメンバーの存在が必要なのでしょう。

そもそも、選ぶときの根拠はあいまい

本では、他にも人種間での興味深い実験が紹介されていました。

アメリカ人と日本人の幼児の行動を比較した実験では、アメリカ人の子供は好きなようにおもちゃを選ぶのに対し、日本人は「母親が選んでほしいと思っている」おもちゃを選んでいました。

大学生を対象にした実験では、アメリカ人に比べて、日本人は「自分で決めたくないと思う」項目が2倍以上もありました。

小さい頃から何事も自分で決めることに重点を置かれているアメリカに対し、日本では周りに合わせることが重視されてきました。著者は「日本などの集団主義社会に属する人々は、選択を行う際、わたしたちを優先するよう教えられ、属する集団との関係性でとらえる」と書いています。

ただ全世界共通なのがひとつあります。それは、だれもが、自分は人と違って個性的であり、賢くてセンスがよくて、平均以上である、と思っているということ。

だから、なにかを選ぶ心の中は、育ってきた文化によって異なるだけでなく、自分をかっこよく見せたいという自尊心の影響もかなりあるわけです。

となると、やはり組織をひとつの方向性に進めたい場合は、人に頼るのではなく、それを導く設計やルールが何よりも必要なのですね。

本を読んで…

さて、今回は「選択の科学」を読んだ上で、自律的な組織について感じたことを書いてみました。

自律的な組織では、主体的に動くことが求められますが、その「主体」自体はけっこう曖昧なものだなぁということが本を読んでわかりました。

マネジメントに直接関係する内容ではありませんが、組織を構成する人の心理的なことを把握するにはとても良い本だと思います。ぜひ読んでみてくださいね。

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