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論証暗記ではなくロジック暗記を~承継的共同正犯を題材に~

予備試験・司法試験でよくあるのは「論証を全部覚えれば合格できる」と勘違いしてロジックを全く理解しないまま判例や学説のフレーズだけ覚えてしまうことだ。

判例を覚えるだけなら誰でもできるし、法律の知識も必要ない。仮にそのようなやり方で論証を全て完璧に覚えたところで、答案には必ずぼろが出る。「こいつ分かってないなw」と採点者に笑われる結末が見えている。予備試験・司法試験の採点者というのはその分野の専門家なので、理解していないことは文章から一発で見抜けるのだ。

では、論証を丸暗記するのではなく、ロジックを理解するとはどういうことなのか。刑法総論の中で受験生を悩ませる承継的共同正犯を例に挙げて説明していこう。

おそらく、丸暗記型の受験生は、承継的共同正犯という論点に対し、「積極的に利用すれば共同正犯が成立、傷害は不成立、強盗致死傷のうち死傷結果については不成立」ぐらいの知識しか持ち合わせていないだろう。「なぜ積極的に利用すれば共同正犯が成立するの?」と尋ねてもピンとくる回答は得られない。

ここで、私が論点を学習する際に意識していることをいくつか取り上げてみよう。

①なぜ論点になっているのか
②どの要件と関係しているのか
③原則はどうなってるのか
④学説の対立点はどこでその原因は何か
⑤判例の立場は何か

多くの受験生は⑤はしっかり押さえているものの、①から④をスルーしがちである。順番に見ていこう。

まず、あらゆる法律科目の「論点」には「論点たる理由」がある。「論点たる理由」の代表格は条文が不明確であることだろう。例えば民法177条の「第三者」だけではどのような人が「第三者」に含まれるかが全く分からない。だからこそ解釈が必要になり、その結果色々な見解が登場して論点になるのだ。他にも、条文がそもそも存在しない、条文がシンプル過ぎる、条文が間違ってる、ある原理原則と矛盾する、など「論点たる理由」は様々なバリュエーションがある。

「論点たる理由」を知らないのに「論点」を語るというのは、普段サッカーを見ないのにW杯の時だけサッカーを語りだす奴と同じなのである。要するに、「知ったか」なのである。

それでは、承継的共同正犯の「論点たる理由」は何だろうか。これは単純に条文が説明不足であることに求められるであろう。共同正犯を定めた60条には単に「二人以上共同して犯罪を実行した者」としか書かれおらず、途中参加者が加わった場合に「二人以上共同して犯罪を実行した」と言えるかが分からないからである。参加前については単独で行われているし、参加後についてはたしかに「共同」しているので条文だけだと何とも言えないのだ。おそらくこの60条は承継的共同正犯のことを考慮せずに作られたので、問題が生じるのだ。

さらに、②どの要件と関係しているのかについても考えてみる必要がある。いきなり論点に飛びつくのではなく、普段通り、共同正犯の要件を満たすかどうかを考えるのだ。共同正犯の要件は1共謀2共謀に基づく実行行為であり、承継的共同正犯の場合はだいたい現場共謀なので1は問題ないが、2が問題になる。特に、「基づく」といえるかが問題になるのだ。「基づく」という要件は共犯全体に共通する処罰根拠である因果性と同義である。加功前の行為については共謀に「基づいて」行った、つまり因果性を及ぼしたとは言えないのではないか、ということである。

そこで、③原則はどうなるのかをしっかり押さえる必要がある。論点というのは、往々にして原則と例外のセットになっているものの、例外ばかりがピックアップされるので原則が忘れ去られがちである。さっきの話に戻るが、例外しか覚えていないやつも「知ったか」である。「知ったか」を抜け出すためにも、原則をきちんと覚えよう。

共犯に因果性という要件が課されている以上、関与以前の行為や結果について責任を問うことはできないのが原則である。関与以前の行為や結果に因果性を及ぼす(影響を与える)ことは物理的に不可能だからだ。つまり、承継的共同正犯は成立しないという考え方が原則になる。

しかし、それではいろいろと都合が悪いので、承継的共同正犯を認めるべく色々な学説が生まれている。論点を学習する際は、通説だけでなく代表的な対立説も理解しておくとよい。対立する説の理解を通して初めて通説が理解できることが往々にしてあるからだ。

承継的共同正犯をめぐっては、肯定説、否定説、限定肯定説が対立し、限定肯定説の中には積極的利用説と結果共同惹起説がある。そして重要なのはこれらの学説がどの部分で対立し、その背景には何があるのか、である。

詳細は基本書を読んで各自で学習してほしいが、私はこの対立の背景には「因果的共犯論をどこまで徹底するか」というテーマがあると感じている。因果的共犯論を徹底すると否定説につながり、完全に無視すると肯定説につながる。そして積極的利用説に比べると、結果共同惹起説は因果的共犯論との整合性を意識している。なお、結果共同惹起説というのは因果性を緩和させて「結果」に対してのみ因果性を及ぼせれば共同正犯を認めても良い、という考え方である。例えば強盗に途中から関与した事例で言うと、途中参加者は「暴行」という加功前の行為には因果性を及ぼしていないが、「強取」という強盗罪の「結果」を共同して発生させているので、強盗罪の共同正犯が成立する。傷害の例で言うと、先行する傷害「結果」に対しては因果性を及ぼしていないので共同正犯は成立しないことになる。

また、積極的利用説と結果共同惹起説の対立の背景には、共同正犯の処罰根拠に対する見解の相違がある。積極的利用説は共同正犯の処罰根拠を「相互利用補充関係」にあると理解しているのに対し、結果共同惹起説は共同正犯の処罰根拠を他の共犯と同じように因果性にあると捉えている。

そして最後に、⑤判例の立場を理解することも重要だ。司法試験は実務家登用試験なので、判例で書くとやはり受けがいい。もちろん学説で書いたら減点される、ということはないが、「判例を知ってます」ということをアピールできるため、「こいつ、分かってるな」となるのだ。

承継的共同正犯についっては、H24最判があるのでそれをしっかり踏まえればよい。H24最判は因果関係がないことを理由に傷害罪の共同正犯を否定したので、結果共同惹起説に近い考え方を取っている。受験生の多くは積極的利用説を採用していると予想するが、それは判例に合致しているわけではないので注意が必要だ。あくまでも従来の下級審で積極的利用説が使われていたというだけであって、H24最判によってそれが否定された以上、積極的利用説をあえて採用する理由は乏しいように感じる。

このように、論点の学習というのは原点に遡って行う必要がある。パッと目に見えるのは「積極的に利用~」という規範(論証)だけかもしれないが、その背後には重要な原則がそびえている。今回の場合でいうと因果的共犯論という大原則が根底にあり、それとの整合性をどう考えるかというのが対立の大きなテーマになっている。

このような深みのある学習をしていれば、必然的に暗記量は減る。わざわざ論証を覚える必要がなくなるからだ。何が問題で、何が原則で、例外はどうなっていて、判例はどの立場なのか、ということさえ押さえていれば、あとは特に覚える必要はない。ロジックを理解していれば、暗記の負荷というのはかなり減るのだ。

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